第191話 屋上

「ええと、それは……」


 咲耶の言葉になんと返していいか少し迷う。

 別に忘れていたわけじゃない。

 忙しかったので、今はいいだろうと、つまりは後回しにしておいた、に近い。

 そもそも咲耶だって忙しいのは同じだっただろうしな。

 それを考えると……という訳だ。

 しかし落ち着いて即座に会いに行こうと思ったかといえば、それも否なわけで。

 何せまず目立ちたくない、というのが大きかった。

 だが今となってはなぁ……。

 もはや三組まで呼びに来て、顔も見られている。

 かなりの注目が集まっているのも、もう取り返しがつかない。

 かといって別に咲耶が悪いわけでもないので、諦めるしかない。

 目立たないと言っても、別に咲耶と知り合いなのがバレたくないとかではないんだしな。

 そこまで考えて、俺は言う。


「……悪かったよ。少し落ち着いてからにしようと思ってた」


「なら許しましょう……場所を移した方が良いですよね?」


「お、気が利くな。じゃあどこかに……」


「屋上が開放されているらしいと聞いたので、そこに行きましょう」


「そうなのか? 分かった」


 *****


 昨今の高校では屋上が開放されてる、なんて言うのはあり得ないとは言わないが、珍しい部類に入るだろう。

 屋上を開いておいたら誰が何をするか分からないからな。

 ものをここから投げたりするなどもありうるし、教師がいつも見ていると言うわけでもないので隠れて煙草を吸ったり、なんてこともありうるだろう。

 一番ひどければ飛び降りなんてことも起こりうる。

 そういう諸々を考えると、閉鎖しておくのが一番いい。

 だが、四季高校には気術という普通の高校が使うことのできない特殊な技術がある。

 人の精神に影響を与え、軽い誘導をすることができるものだ。

 それを使えば、屋上で問題ある行動を取らないように軽い暗示をかけることくらいは余裕というわけだ。

 だから解放できる。

 まぁ、俺たちみたいな気術士には効かないわけだが、一般生徒と比べたら無茶なことをしないというか、する意味がないからな。

 死にたいなら妖魔と戦えばいいし、悪いことをしたいなら邪術士になる。

 ある意味道の外れ方のレベルが違う。

 煙草くらいだったら可愛いもの……というか、気術の流派によっては煙が必要になることもあるので、一般より忌避感が薄いというのもある。


「それにしても、ここには人が少ないな」


 屋上について辺りを見まわし、思ったことを俺が言うと、咲耶が、


「そもそも一般人は近づきにくいように暗示がかかっているらしいですね。それでも来る人は来ますが」


「あぁ、階段のところにあったな……でも気術系の生徒もあんまりいないぞ」


「それはそれこそ忙しいからでしょう。まだ手続き終わっていない生徒が多いですよ」


「あぁ……」


「加えて、屋上は気術棟にもありますからね。あちらの方が居心地がいいらしいです。私はまだ行ったことないですけど」


「俺もないが、そのうち行ってみるかな……落ち着ける場所が学校にも欲しい」


「そういうことでしたら、向こうの屋上はそうはならないかと。こちらの方がいいと思いますよ」


「それはまたどうして?」


「気術棟の方は、上級生が主に使ってるみたいですから……。入り込むと因縁をつけられてたりすることもあるようです」


「それはまた物騒な。しかし詳しいな?」


「それなんですが……」


 と、咲耶が言いかけたところで、


「……見つけたわよ、北御門咲耶さん」


 後ろから聞き覚えのある声がかけられる。

 振り返るとそこには、言わずと知れた我らが生徒会長の姿があった。

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