第172話 とある一般気術士生徒の経験(中)

 美しい黒髪に、ミステリアスな黒い瞳。

 動きは楚々として優雅で、それでいながら近づきがたい神秘性まで感じられる。

 そんな雰囲気の女性だった。

 着ているのは気術総合学院の制服罫──ブレザーにスカートであるから、うちの生徒なのはすぐに分かった。

 ただ、それにしても存在感が他の生徒たちと違いすぎた。

 車が付けられたのは校門前であるから、登校中の多くの生徒もいたが、当然のごとく注目はその女性に集まったのは言うまでもない。

 しかし、十数秒くらいは、時間が止まったかのように誰も動き出すことが出来なかった。

 話しかけることが憚られたからだ。

 けれど、はっと我に返ってしまえば、これからこの美少女とのスクールライフが待っているのだ!と皆、考えたのだろう。

 彼女の元へ、と皆が歩み出し、彼女を囲む。

 ただ、それでも彼女に対する触れ難いような感覚は誰も失うことなく、押し合いへし合いしながらも、彼女の周囲五十センチ程度だけは、完全なる無風だった。

 

 一体何者なのだろう?


 まず、俺はそう思った。

 けれど答えはある程度は出ていた。

 一般人ならともかく、《力》を持つ人間ならば彼女のうちに渦巻く真気の大きさや質に気づかないはずがないからだ。

 気術総合学院には一般人も多く通うが、明らかに彼女はこちら側……気術士であることは間違いなかった。

 実際、群がる生徒たちとは別に、少しばかり遠巻きに観察している者たちもいた。

 彼らも真気を持っていることはすぐに察せられた。

 気術士的には、彼女に近づくことは本当にあり得ないと思ってしまうくらいには、力の差が感じられるからだ。

 一般人たちが群がりながらも、彼女自身に触れられないのは、まさにその真気の巨大さを無意識に感じ取っているからだろう。

 たとえ一般人であっても、真気は皆、持ってはいるし、無意識に使っている。

 それが故に、巨大すぎる真気には気づかないうちに気圧されるのだ。

 同時に、大きな真気は生命エネルギーそのものでもあるため、近づきたいと思うこともある。

 今、彼女が囲まれているのはまさにそういうことなのだろう。


 そしてあれだけの力を持っている気術士家系というのは、限られている。

 関東においては、四大家──その直系。

 それしかあり得ない。

 

 気術総合学院は、四大家によって運営されている学校法人であるから、その子息が入ることはたまにあるとは聞いていた。

 まさに、その子息の人が彼女なのだろう。

 乗ってきた車も、気術的な防護の施された高級車だったし。

 あんなものは俺の家のような木端気術士家系がまず持つことができないものだ。

 いるところにはいるんだな、お嬢様という奴が、とこの一瞬で俺は強く叩き込まれた。


 そして、そんなことを考えているうちに、その彼女は、ふっと視線を一点に向けた。

 

 ──どこを見ている?


 そう思って視線の向かう先を探すと、そこには目立たない雰囲気の学生が一人いた。

 彼は彼女の視線に少しびくり、とすると、息を深く吸ってからため息を吐いた。

 何かを諦めたような仕草だったが……その瞬間、彼女が言った。


「どいてくれますか?」


 声まで美しいのか、というのがまず最初に感じたことだった。

 呪文などを唱える関係で、気術士の声質もまた重要と言われるが、その意味を俺は理解させられる。

 そしてその声によって、群がっていた生徒たちが、ざっ、とよく躾けられた犬のように道を開けた。

 彼女はその様子に全く気圧されることも、また気を使うこともなく、それが当然かのように作られた道をゆっくりと歩いていく。

 人を従わせることに慣れた人間の仕草だった。

 住む世界が違う……。


 けれど不思議だったのは、その後に彼女が合流したのは、先ほどの彼だったことだろう。

 これについては他の生徒も不思議そうに見つめていた。

 どう見ても、普通の少年だからだ。

 見た目が極端に優れているわけでも、気術的に強力な力を持っているという感じでもない。

 真気は確かに持っているようだが……?


 しかし、彼と合流した彼女は、とても嬉しそうな、それこそ恋人にしか向けない笑みを向けている。


 一体どういう関係なのだろうか?


 その場にいる全員が、深くそう思ったのだった。

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