第171話 とある一般気術士生徒の経験(前)

「……ははぁ、マジで俺、合格したんだなぁ……」


 俺、角掛つのかけ君信きみのぶは、気術総合学院高等部の校門前に立ち、思わずそう呟いた。

 それも当然の話で、まさか東北の小さな気術士の家に生まれた俺が、気術士の名門、エリート校と呼ばれるここに、何のまぐれか引っ掛かることがあろうなどとは思ってもみなかったからだ。

 俺の家のような、地方の小さな気術士の家は、普通の学校に通い、気術の全てを家族や親族から学んで、それで終わりなのが普通だ。

 気術総合学院の運営する学校もあるにはあるが、大抵が地方でも名家と言われる家だけが通うことが出来るし、それでも小学校までしかないのだ。

 中学からは才能ある気術士の子供と看做されれば、関東までやってきて、気術総合学院系列の中学に入ることが出来る。

 そこで認められなかった人間は、高校受験で頑張るしかないわけで、まさに俺はその口だった。

 もちろん、極めて難関で、通常の試験──つまりは国語数学理科社会の学科試験に加えて、気術士としてのそれも加わり、その全てで合格点をとらなければならないのだから、普通の受験生の数倍大変になる。

 俺の場合、幸いというべきか、頭の方はそこまで悪くなかったので、通常の学科試験についてはなんとかなった。

 それでも十分に進学校と見なされている四季高校の試験は厳しかったが、それ以上に大変なのは気術の方の試験だ。

 こちらにも筆記試験があるが、それに加えて課せられている実技試験の方がやばかった。

 保有する真気量の検査から始まり、気術陣の形成・維持にかかる時間、安定性、威力を見られ、また使える術の種類や練度などについての試験もあった。

 さらに、受験者同士での潰し合い……つまりは模擬戦もあり、そこでいい成績を残せたとしても、その後には低級とはいえ、本物の妖魔との実戦すらあるのだ。

 一般的に気術士は妖魔と戦うのが使命と言われるが、それを本気で捉えているのは気術士たちの中でも責任のある立場の人々──四大家家門や、その関係者、それに東北だと遠野一門とか、京都だと呪術師協会などの上層部家門──などに限られる。

 俺のような木端気術士の家は、あくまでも代々担ってきた、食いっぱぐれのない仕事、くらいの意識で、言うなれば、自分の命が惜しければ逃げるくらいのものでしかなかった。

 それが故に、死にかけるような危険な訓練はそれなりに年齢がいってからでないとやらない。

 でかい家門だと、子供の頃から妖魔と戦わせるというが、とんでもない話だ。

 つまり何が言いたいかというと、俺が妖魔とまともに戦ったのは、中学二年生くらいになってからで、今でも妖魔と相対するのはちょっと怖いくらいなのだ。

 そんな人間が試験で妖魔をうまく倒せるか、というと中々難しく、多くの受験者が失敗していたのを覚えている。

 けれど、俺はなんとか上手いことやって首尾よく下級妖魔を倒せて、他の科目もそこそこいい成績をとり、四季高校への合格を決めたのだった。

 それを家族に伝えた時の喜びようと言ったら半端なくて、関東だから、一人暮らしせざるを得ずかなり金がかかるというのに二つ返事で出してくれたくらいだった。

 

 だから、俺はこの四季高校でしっかりと気術を学び、良い成績を残して卒業しなければならない。

 そうすれば、四大家関係の気術士組織に就職できる可能性もあるし、東北に戻っても引っ張りだこになれる。

 家にも仕事がたくさん入るだろうし……。

  

 そう思って、気合い入れて歩み出そうとすると、


 ──キキッ!!


 と音を立てて、後ろに黒塗りの車が止まった。

 そしてそこから、とんでもない美人が降りてきて、俺の時間は止まった。

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