第165話 コスト

「さて、最後の一つの地形術じゃが……これはこういうものじゃ」


 そう言って、蓮華仙人は遠くに見える二百メートルほどかと思しき、細長い棒のような岩山に視線を向けた。

 そして少し何かを念じると、その山がずずず、と位置をずらしていく。

 まさか……。


「あの岩山を……動かしてらっしゃる?」

  

 そうとしか思えない。

 他に理由などないからだ。

 俺の言葉に蓮華仙人は頷き、


「うむ。それが地形術よ。おぉ、周囲に人がいないことは確認済みなのでな。あとは……こういうこともできる」


 そう言うと、今度は細長い棒状だった山が、形を変えていき、なだらかな形の低い山となった。

 そうなるまでのさほど時間もかかっていない。

 十秒程度か……。

 あんなことが気術で出来るか、といえば……まず、無理だろう。

 少なくとも一人の術者では不可能だ。

 一月かければもしかしたら似たようなことはできるかもしれない。

 一般人だって、重機や発破の力を借りれば数ヶ月数年単位でなら出来るだろう。

 だが、たった一人が、ほんの十秒足らずでこんなことなど……できるはずがない。

 けれどそれを可能としているのが仙人という存在なのだろう。

 

「さて、戻すか」


 そう言って蓮華仙人は、岩山を元の形に戻した。


「……物凄いものですね……」


 ついそう言った俺に、蓮華仙人は笑い、


「武尊もいずれできるようになる事じゃ。ともあれ、今は飛行術と自然術だな。これらは規模も小さいし、すぐに覚えられるぞ」


 そう言った。


「どういった術なのですか? 飛行術はそのままの意味だとわかりますが、自然術は……」


「自然術は周囲の空間を掌握し、自然の力を顕現させるものじゃな。たとえばこういうものじゃ」


 蓮華仙人が手のひらを上に向けると、そこに小さな火の玉や、水の玉、それに雷や氷の玉などが入れ替わるように出現する。

 それらはさまざまな形に変化したり、数を増やしたり、状態を変動させながら現れたり消えたりした。

 なるほどなと思う。

 つまりこれは気術で言うところの、符術系に近い。

 まぁ、あれは使うために符を必要としたりするから、事前準備も大事になってるくのだが、蓮華仙人のこれにはそういったコストがかかっていないように見えた。

 自然術……自然の力を顕現する術。

 自然を自由に扱えるということか。

 これは凄いな。

 しかし規模はどの程度までいけるのだろうか?」

 俺の疑問を読んだのか、蓮華仙人は続けた。


「今はわかりやすくするために、小さいものを見せているが、やろうと思えばどこまででも大きく出来る。ただ、誰でもそれができるかというと別じゃな。支配できる仙気の範囲によって、規模感は異なる。わしなら……まぁ、ここから目に届く範囲なら全て覆い尽くせるが、今の武尊であれば、周囲百メートル程度が限界じゃろうな。慣れればもっと広がるし、修行を重ねていけばさらに広がるが……」


 見える範囲、と言ったが、ここは小高い山の上で、見える範囲とは数キロでは済まない。

 これ全てを火や水で覆い尽くせると言うのなら、それは災害としか言いようがない規模だ。

 そんなことが……。

 そして俺でも周囲百メートルくらいなら可能だという。

 大したことがないように蓮華仙人は言っているが、人間の感覚からしても、気術士の感覚からしてみても、それは破格の規模だ。

 それに、そんなことをしたら消費はどうなるか気になる。

 気術なら真気を消費するが、仙術の場合、仙気は……。

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