第162話 自然との一体化

「……色々語ったが、お主らに魂を強化する修行は必要ない。であるから、最初から自然との一体化からじゃ。何度も言うようじゃが、加減を間違えるでないぞ? わしらが近くで見ているゆえ、もしものことは起こらないが、いずれ当然、わしらが見れぬ時に仙術を使う時が来るじゃろ。その時に風になってしまいましたでは目も当てられんからな」


 蓮華仙人がそう言った。

 目も当てられんも何も、その時には俺たちの存在ごと風になって消滅してしまっているだろうからな……。

 流石にそれは勘弁願いたかった。


「それで、どのように修行を行えば?」


「まずは、瞑想じゃ」


「魂の強化と変わらないような」


「自然との一体化は、その先にあるからの。やり方は基本的にさほど変わらん。だが、やってみれば分かるはずじゃ。仙気を感じ、その広がりを心と魂と感じるのじゃ。さらに、自分もそれと同化するように意識をする……そこからじゃな」


「分かりました」


 俺が頷くと、続けて澪が、


「わしも同じでよろしいですか?」


 と尋ねる。

 こちらには月姑仙女の方が答える。


「そうじゃな。澪の場合はまず、仙核を作らねばならぬゆえ、仙気を感じ取るところからじゃが……この仙界は人界と異なり、仙気の気配が強い。龍であれば、さほど時間がかからずに悟ることができるじゃろう。仙核を作るのには時間がかかるかもしれんがな」


「仙気を感じるまでは容易で、仙核を作るところが難しいと?」


「うむ。なんだかんだ言って、仙人の修行で最も大変なのは仙核を作るところじゃからな。そのあとはついでというか、永遠に鍛えなければならぬ部分というか、そんなものじゃ。だから澪もそこを目指すことじゃな」


「分かりました」


 それから、俺と澪はその場で座禅を組むように促される。

 さらに、俺と澪の背後にそれぞれ、蓮華仙人と月姑仙女がついた。


「仙気が感じ取りやすいよう、わしらで補助する。通常はゆっくりと悟りを得た方がいいゆえ、やらないのだが……お主らは特殊じゃ。促成栽培ではないが、さっさと悟れるようにする」


 蓮華仙人がそう言い、続けて月姑仙女も、


「本来これはかなり危険なやり方じゃからな。やってそれこそ風になった者は数しれぬ。じゃがお主らなら大丈夫じゃろうて。では、二人とも瞑想を」


 いや、ちょっと待ってくれ、と言いたくなったが、その瞬間、ずん、と周囲の空気が重くなった。

 圧力を感じるというか……。

 もはや否と言える段階は過ぎ去ってしまったのだな、と理解した俺たちは、仕方なく黙って瞑想を始めたのだった。

 そして、理解する。


 これが、仙気なのだと。

 いや、澪がどう感じているのかは分からないが、俺はそう思った。

 周囲に満遍なく広がる気配。

 力。

 それが仙気だ。

 ただ、俺の中の一部には強い凝縮が見られるのは、ここに仙核があるからだろう。

 仙核は周囲から仙気を吸収し、回転しているようだった。

 

 しかし、問題はここからだ。

 仙人たちは言った。

 まず自然と一体化せよ、と。

 けれど仙核がある以上、どうしても自己と世界との境界線がはっきりしているような気がした。

 自分の体のうちと外に分布する仙気の気配の強さに、大きな差を感じるというか……あぁ。

 でもそういうことなのか?

 自分の体の輪郭をなぞるように、仙気が張り巡らされているのが分かる。

 これが、自然でない、自分の体と外との境界なのだと。

 それを自然と同じものにするには……そう。

 境界に集まる仙気を散らし、外と自分との差が分からなくなるほどにしてしまえばいいのだ……。

 仙気の扱い事態は、真気のそれと似ているから、割とすんなりと出来る。

 体と外との境界が、徐々に見えなくなっていく。

 仙気の分布が、外と体内とで同じになっていっているからだ。

 そして、体内の仙気のそれも、外のそれと同じように操っていって……最後に残ったのは仙核だった。

 こればかりは、どうしようもないのではないか?

 これがあるから、俺は仙気を操れるのでは?

 だとすれば失うわけにもいかないように思うが……。

 けれど、考えてみればこれこそが、俺と自然とを隔たる、巨大な要素であって、これさえも自然と同じようになれば、それで俺は自然との一体化を果たせるのでは……。

 であれば、やるべきだ。

 悩むことはない……俺は仙核に凝縮する仙気を解き、崩していく。

 徐々に薄くなる仙核の気配。

 あぁ、そして感じるのは、俺がまさに世界と同じになるような快感だった。

 このまま、このまま世界に溶けていけば、なんと幸せな気分になるだろうか。

 そうしたい、そうすべきだ、そうせねば……。

 そう思って、ほとんど気配の希薄になった仙核、その最後の一部を外に流そうとした瞬間、


「……そこまでじゃ」


 そんな声が響き、首筋にビリッ、と電気のようなものが流れた。

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