第157話 不老

「……ええと、仙核とは一体なんですか?」


 月姑仙女が口にしたその単語は初めて聞いたので、気になって俺は尋ねる。

 すると、彼女は答えた。


「仙核とは、我ら仙人全てが持つ、仙気溜まりのことじゃな。これを自らの力で形作ることができて初めて、仙術の行使が可能となる……まぁ、妾のような生まれつき、となるとまた事情が異なるが」


「つまり、仙核がなければ、仙術は使えない?」


「基本的にはそうじゃ。ただ、何事にも例外や外法というのはあるからの。絶対に不可能とは言わんが……正道ではないということじゃ」


「そうなのですか……でも、なぜ先ほどはお二人とも驚いておられたのですか? 仙桃を食べれば仙人になれる、ということは食べれば仙核が形作られる、ということではと推測したのですが……」


 実際、俺の場合そういうことになった。

 しかしこれには蓮華仙人、月姑仙女ともに首を横に振った。

 そして蓮華仙人が言う。


「いいや、仙桃を食べて起こるのは、あくまでも仙気を知覚できる感覚を得られるだけよ。わしら仙人が食べれば、存在が安定し、人界に行けるようになる、と言う効果もあるが……それは今は良かろう。まぁ、そういうわけじゃから、いきなり仙核を作るのは無理じゃ」


「ではどうやって仙核を?」


「仙桃の効果は長い。十年単位で持つゆえな。その間に、少しずつ修行を進め、ゆっくりと仙核を作る……と言うのが通常の方法じゃな。しかし、武尊。お主はそれを、自らの力のみで一気にやってしもうた。これは驚かずにはいられまいて」


「……もしかして、かなりまずいことをしてしまったのでしょうか?」


 少し不安になって尋ねる。

 そのようにゆっくりと作るのが正しいものなのだとしたら、急に作ってしまったことで何か問題が出る可能性も考えられた。

 けれど、蓮華仙人は俺の体を透視するような視線を向けた後、深く頷いて、


「いや、問題はなさそうじゃ。それどころか、かなりしっかりとした仙核となっておる。これからの修行にも問題ないし、格も徐々に上げていけるじゃろう」


「格ですか?」


「仙人には格がある。例えば、わしなどは下っ端も下っ端じゃが、月姑様などはかなり上の方じゃ。何せ母上は全ての仙女を統括する方じゃしの」


「え」


「蓮華よ。それは母上がすごいのであって、妾は至って普通の仙人じゃ」


「ご謙遜を……。そもそも、蟠桃園の管理を任されている時点で、相当なもの。あそこは高位の仙人仙女でなければ、まず管理などできませんからな」


「妾一人でやっているわけでもなし。妾がやっているのは、せいぜいが害虫退治くらいのものじゃ」


「あそこに来る《害虫》退治が楽なはずもないでしょうが……。まぁ、そういうわけで、武尊よ。仙人の格は、わかりやすく言えば強さじゃ。修行すればそれが上がっていく、そう思っておけば良い」


「なるほど……」


 仙人社会での出世などであれば俺にとってはそれほど意味のないことだ。

 しかし、強さと言うのならば話は別である。

 今の俺にとって大事なのは、何をおいても、強さだ。

 誰にも負けない強さが……って、仙人たちには叶いそうもないが、少なくとも人界においては誰にも負けないだけの力を手に入れたい。

 

「おっと、ついでじゃが、仙核を持った時点で、不老となれるが……どうする? と言っても今の年齢でそうなってしまうのも問題か」


「不老とは……年をとらないと?」


「そうじゃな。少なくとも今の時点で既に、寿命のくびきからは外れておる。ただ、死ぬことはあるぞ。治しようもない大怪我を負えばな。仙人になった時点で、体の耐久性もかなり上がっているし、どこかが欠損しようとも直せるが」


「……そうなのですか。でも、今、完全に不老になってしまうと問題なので……できるのでしたら、もう少し成長してからと言うのは?」


「構わぬ。まぁ今なっても見た目の年齢はいじることもできるが、元の肉体年齢が十歳ほどと言うのも面倒じゃろうしな。不老の術はいずれ……そうじゃな、十年後に教えることとしよう」


「それでどうぞよろしくお願いします」

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