第156話 仙核
──どくん。
と、桃を口に入れた瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がった気がした。
それに加えて、何か不思議なものが体の内側から湧き上がってくるような感覚もある。
さらに、桃自体の香り、そして味が口から広がって、脳髄まで達する。
美味い、美味すぎる。
こんな果物など、今まで一度も食べたことがないと言い切っていいほどだ。
それだけに極めて危険な食べ物のような気もする。
何度も食べたいと、たった一度しか口にしていないのにすでに俺は思い始めているのだから。
それにしても、なんなのだろう、この感覚は。
真気や地脈からの気とは違う、不可視の力を感じるのだ。
これが仙人の力……仙気というものなのだろうか。
非常に希薄な感じもするし、また同時にとてつもなく大きな何かのような気配もあった。
本当に不思議な感触の力なのだ。
触れようとすると遠ざかり、諦めようとすると近づく。
まるで……そう、空気のような。
どこにでもあり、どこにもないもの。
そうか……そういうことか。
無為自然と、光枝さんや蓮華仙人は言っていたが、これを受け入れるためには……。
「……まさか、もう悟りを……!? 流石に修行が……」
少し遠くから、蓮華仙人のそんな声が聞こえた。
しかし、俺はそれに返答せず、今捕まえた感覚を無駄にしないために、集中していく。
真気は、丹田や地脈から、力づくで引き出すことにより使えるような感覚が強い力だった。
だが、仙気はそれとは事情が違うようだ。
仙気は、おそらくどこにでもあるのだ。
体内にあるとか、そういうことではなくて、本当にどこにでもある……そう、自然の力。
本来は誰にでも宿っていて、誰にでも使える、そんな力なのだと思う。
けれど……人はそういうものを感じる能力を失ってしまっているんだろう。
もはや人は、自然から離れて久しいから。
けれど仙桃はそういう感覚を一時的に取り戻してくれるのではないだろうか。
だから今の俺は、その力を感じられている……。
無為自然。
体も、思考も、自らの体に流れる気でさえ、普段は意識して操っているが、それを切る。
自然そのものと化すのだ。
それが仙気を使うためには重要なのだ……。
しかし、あくまでも仙気を操ることが目的で、それと完全に同化してしまうことではない。
そうなってしまえば、俺自身の存在すらも希薄になってしまうだろうから。
意識は細い糸のように保つが、あくまでも自然体に……。
そして、徐々に体の力を抜いていくと……。
膨大な力が、ありとあらゆるところに感じられた。
……掴んだ。
あとは、これを動かすだけ……。
俺はその力を少しずつ、慎重に触れて自らの体の中に集める。
一度気づいてしまえば、それはさほど難しいことではなかった。
取り込まれた仙気は俺の体の奥深くに核のようなものを形作っていく。
これは……。
そして、その後は特に意識せずとも、仙気が集まって行った。
そこで俺はやっと意識を元の状態に戻す。
そうすればもしかしたら仙気が霧散してしまう可能性もあったが、俺には確信があった。
これでいい、と。
目を開くと、目の前には驚いたようにこちらを見つめる、蓮華仙人と月姑仙女の姿がそこにはあった。
「……こいつ、やりおったわ……。一発で、悟りを得てしもうた」
「有望な弟子を得られて良かったではないか。仙核をこれほどまでに早く作り上げた者は、仙界広しといえども少数なのではないか?」
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