第153話 仙人の事情

 光枝さんから一通り説明を受けたが、自分が起居する部屋と、食堂、そしてお風呂とトイレだけ覚えておけばいいということだった。

 他は覚えても無駄だから、と。


「どうしてだ?」


 そう尋ねると光枝さんは言う。


「部屋の配置が定期的に変わってしまうので……。法則はあるのですが、お二人は覚えても仕方がないでしょう?」


「……難儀な。なぜそんな面倒なことを……?」


「危険な仙具とか、蟲が封じられていたりするんですよ。ですから、知らない部屋は開けないようにしてください……フリじゃないですからね?」


 真剣な目でそう言ったので、俺と澪はそれに深く頷いたのだった。


「ところで……風呂を沸かしたり、食事を作ったりするのは昔ながらの薪焚いてやるのか?」


 食堂やお風呂を案内されたときにあった設備は、本当に昔ながらの竈や五右衛門風呂だったので、そういうことかなと思って聞いた。

 しかし光枝さんは言う。


「どちらも仙具で稼働してますから、言ってくだされば私が動かしますよ。いずれ、お二人が仙気を操れるようになれば、自由に扱えるようになります……あ、トイレに関しては常に浄化してありますから、ご心配なさらずに」


「……まるで現代の家のように至れり尽くせりだな。無為自然とは一体……」


 自然から離れてないか?

 という気がしたが、光枝さんは言う。


「蓮華仙人は仙人の中でも変わり者の類ですからね。本来、一定以上の力を持つ仙人は現世に行かないというか、行くことが出来ないのですが、あの人は昔はよく人界に行っていたようです」


「……そうなのか? でも光枝さんは……?」


 しっかりと仙界と人界を行き来している。

 許されないのではないのか、と思っての質問だった。

 これに光枝さんは答える。


「私は大したことがない力しかないので、そういう制約がないんです。でも蓮華仙人は……」


「力が大きいと人界にはいけない、か。推測するに、大きな影響を人界に与えてしまうからか?」


 気術士でも、みだりに力を使いすぎて環境に影響を与えてしまうことはある。

 例えば、植物系に干渉しすぎて森を潰してしまった、とかな。

 まぁそこまで大規模な被害を出せるのは相当な力を持っている者に限られるが。

 その仙人版もありうると考えれば、そういう決まりが出来るのも理解できる。

 実際、光枝さんは言う。


「そういうことですね。最も大きな力を持つ神仙になってきますと、いるだけで火山が噴火したりする可能性すらあるので……」


「……おっかなすぎだろ……」


 本当に規模が違った。

 流石に気術士にそこまでのことはできない。

 よほどしっかりとした儀式系気術を、はてしない準備と人数と資源を投入すれば出来なくはないだろうが、これはそういう意味ではないだろう。

 いるだけで、と言っているのだから。

 存在そのものが環境に影響を与えてしまうのだろう。

 それは、人界には立ち入り禁止である。


「でも冗談ではないのですよ。仙界ですらも少し危険なので、ここでも雲の上に住まれている方々です。いわゆる天界なのですが……」


「本当に天界とかあるのか……」


 伝説では幾度となく聞いた単語だが、本当にあるとは思っていなかった。


「でも、天国的な場所ではないですからね。あくまでも、仙術によって築かれた住処でしかないので」


「それでも空の上に普通に住んでるだけで凄いよ……」


「まぁ、あくまでも少数ですけどね」


 そんな感じで、その日は俺と澪は仙人に関わる様々な事実を光枝さんからレクチャーされていった。

 勉強になるというか、少なくとも高位の仙人は絶対に怒らせてはならないということを、俺たちは深く理解したのだった。

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