第152話 家の中

「……ふう」


 と、蓮華仙人が空を飛んでどこかに去ってから、澪は息を吐いた。


「どうしたんだ?」


 俺がそう尋ねると、澪は言う。


「分かるじゃろう? 蓮華仙人を前にすると、緊張してしまってのう。気配がなくなって……いや、途中から気配は自ら消しておられたが、遠くに行かれて、やっと安心したというか」


「龍でも緊張するんだな」


「茶化すな」


 実際、澪の言うことも理解できる。

 蓮華仙人の持つ力は大きい。

 途中から俺たちのために、というか普段通りに戻るためだろうが、気配を消してくれたが、それでも先ほどまでそこにあった巨大な気配の持ち主だと思うと緊張するのは無理からぬ話だった。

 

「ただそうは言っても、多分、しばらくはここで過ごすんだぞ? 慣れておかないと大変な生活になるぞ」


「それはなぁ……まぁ、一日二日経てば慣れるじゃろ。首筋に刃物を突きつけられてもその生活がしばらく続けばそれが普通になるだろうて」


「だといいんだがな……光枝さんはそういうのはないのか?」


 俺が水を向けると、彼女は答える。


「まぁ、私の場合は今更ですからね。弟子入りした後も、さほどではなかったというか、そもそもその時は普通の妖魔に過ぎませんでしたから、仙人というのがどれほど大きな力を持っているのか全く察知出来ませんでした。だから逆に緊張とは無縁でしたね。その辺のお爺さん、と言うくらいの感覚で……むしろ今の方が緊張するといえばします」


「そうなのか……」


「最初からそれだけあの人の力がわかるのは、むしろ有望だと思いますよ……っと、いつまでも立ち話もあれですから、家に入りましょう。明日には帰るとは言ってましたから、今日のうちに家の中のことを説明してしまいますから」


「分かった」


 ******


 言われて家の中に入る。

 家の外見は質素なもので、それこそ昔の茅葺き屋根の田舎屋敷みたいな、そんな雰囲気だった。

 しかし、それだけに……。


「……おい、中が異様に広くないか?」


 俺は中に入って、まずそう言った。

 外見から見た大きさと、中の広さとを比べると大きな違和を感じるのだ。

 こんなに広い家ではなかっただろうと。

 しかし、実際に広い。

 廊下など、終わりが見えないほどだ。

 光枝さんは笑って、


「仙人の家ですよ? 普通の家のわけないじゃないですか……なんて、冗談は置いておきまして。空間系仙術で中を拡張しています。蓮華仙人ほどになると、規模も違いますから……私もこの屋敷の中全ては歩いたことがありません」


「えぇ……だって何十、何百年もここにいたんだろう?」


「向こうと行ったり来たりしていたのでトータルするとそこまででもないですが、それでも百年単位で住んでいましたね。それでも、と言うわけです」


「とんでもないな……しかし、空間系仙術か。北御門家の得意な気術も空間系だが、何か関係あるのかな……」


 気術でも空間系は実のところ珍しい部類だ。

 しかし北御門一門の人間は大抵が普通に使える。

 そして、一門に属さない気術士は使えないか、使えたとしても非常に苦戦する術式と言われている。

 《虚空庫》などは気術がド下手だった俺ですら割とすんなり基礎は身につけることが出来たくらいなのだが、外部の人間は相当に努力しないとまず身につかない。

 だからこそ、前世において、鬼神島に俺を倉庫扱いして連れて行くという話が通ったのだな。


「どうなんでしょうね? 仙術においては基本ではありますが……確かに気術の中では異質かもしれません」

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