第151話 仙桃

「ま、ともあれ仙桃を食うところからじゃな」


 蓮華仙人の言葉に、俺は尋ねる。


「光枝さんからも聞いていたのですが……仙桃とは一体どういうものなのですか? いえ、桃だというのは分かるし、仙界にあるそれだというのも様々な伝説などで聞いてはいるのですが、正確には……?」


 仙人に関しては、多くの伝説がある。

 気術士は一般に流布するそれ以外にも、それぞれの家や家門に伝わる伝説も知っている。

 しかし、それのうちどれが正しいのか、どんな意味なのか、についてわかっているわけではない。

 何せ、仙人と知己のある気術士などいないからだ。

 それくらいに仙人というのは珍しい存在である。

 ただ、俺がこうして出会えていることを考えると……本当に誰も知己がいないのかどうかというのは少し怪しいな。

 報告されていないだけで、実は仙人を知っている、という気術士がいる可能性はある。

 ともあれ、そういうことなので、仙桃についても伝説のうち何が正しいのかを知りたかった。

 そんな俺の質問に、蓮華仙人は言う。


「概ね、お主のその認識で合っておるよ。蟠桃園にて管理されておる、仙界特産の桃じゃな。食うことによって様々な効果がある……そのうちの一つが、仙人になれる、というものじゃな」


「食べるだけで、ですか……?」


「より正確にいうなら、仙気を操れるようになる、じゃがな。仙人として仙術を操れるようになるには、修行が必要じゃ。それも長い修行が……じゃが、武尊。お主であれば、気術をすでに修めているゆえ、さほど苦労はせんじゃろう」


「え?」


「さっきも言ったが、気術は仙術をその基礎に含んでおる。じゃから、最も掴みにくい仙気を操る、という部分については容易に悟りが得られるはず。通常であれば数十年の修行が必要な部分じゃが……良かったのう」


「数十……光枝さんもそれくらい修行を?」


 振り返って尋ねると、彼女は頷いて、


「そうですね、そんなものでした。私は仙桃を食べてないので、余計に大変で……」


 そう言う。


「食べなくても仙人になれるんですか?」


 俺のそんな言葉には蓮華仙人が答える。


「人間であれば食べなければ難しいが、動植物であれば食べずとも悟れば仙気を扱えるようになる。まぁ武尊、お主のように道士の血筋であれば食べずとも可能な場合もあるが……食べた方が手っ取り早いのは間違いない」


「そうなのですか……」


「加えて……見るにお主は、魂も鍛え上げられておる。本来ならこれにもかなりの時間がかかるはずじゃが……人界の人間にしては極めて珍しいの。魂の修行など、それを剥き出しにする特殊な方法でしか出来んはずじゃが」


「魂を剥き出しに……? あぁ!」


 言われて、俺はあの大封印での五十年を思い出した。

 俺はあの時、肉体は滅びて魂だけの状態だった。

 そして消え去らないためにひたすらに剣の修行をした。

 それが、結果的に魂の修行として機能しているということだろう。

 ……温羅は、俺にどれだけのものを残してくれたのだろうか。

 いくら俺を言っても言い過ぎということはなさそうだな。

 

「ふむ、心当たりがありそうじゃの? まぁ良い。そういうことじゃから、武尊。お主がまずすべきことは仙桃を食べること……なのじゃが」


「じゃが?」


「ここにはまだないゆえな。しばらく待っておれ。わしが月姑様からもらってくる。仙桃は摘んでから足が早いのじゃ……じゃから来てからと思っての。明日には戻るゆえ、ここで休んでおれ」

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