第150話 仙人と気術

「蟲、ですか……仙界にもそのような問題が……」


 俺が呟くと、蓮華仙人は言う。


「厳密に言うと、問題というか、必然なのじゃがな。仙界は人界よりもずっと精神的なものの影響が強い。したがって、仙界の者の間に芽生えた負の感情や穢れが、実際に形を取ってしまう。それでも、多少は問題ないが……ある一定程度の閾値を超えると、それははっきりと形になり、そして人に襲いかかる……それこそが、蟲じゃ。じゃから、妖魔とも少し違うかもしれんの」


「妖魔は……」


 一体何が違うんだ。

 いや、人に襲いかかるという点だけが同じか。

 それに妖魔は必ずしも人を襲うとは限らない。

 事実、龍なども妖魔の一種だ。

 人に味方する妖魔もいる。

 それを気術士の間では妖魔とは言わないだけで、存在の根源は同じだと言われるし……。

 そう思って俺が悩むと、蓮華仙人がそれに答えをくれる。


「妖魔はより正確にいうなら、負の感情や穢れなどから生まれることもある・・・・・、生物じゃな。蟲は生き物とは呼べんゆえ。また、妖魔は人界ではなく、妖界をその主な住処としておる。人よりもずっと攻撃性が強いものが多いゆえ、他の世界を侵略し我が物としようと常に狙っており、それが故に人界にも妖界から進出しようとする。ここ仙界にもな」


「そういうものなのですか……」


「うむ。ただ、妖界への扉はなかなか開くのが難しい。滅多に妖界から人界へ妖魔が現れることはない。強力なものであればあるほどな。人界でよく出現する妖魔は、人界で生じたものが大半じゃ」


「……随分と貴重な情報を……大変、勉強になります」


 これだけの情報でも、すでに気術士一般が把握している話よりも多い。

 全て正しいとするなら、だが。

 ただ別にこの人に俺を騙す理由もないだろうしな。

 俺をどうにかしたいなら即座にそれが出来るだけの力を、この人は持っている。


「なに、構わん。それに、お主には懐かしい気を感じる。高森とは、北御門一門だと聞いたが……なるほど、そのようじゃとな」


「それはどういう?」


「北御門の祖は、仙界から出奔した道士じゃからな……。しかしそれにしても、一門の人間とはいえ、分家の人間にこれほどまでに仙界の名残があるとは想像してもおらんかったぞ。これならば、確かに仙術を修めることも出来るじゃろう。一応、仙桃は食っておいた方がいいが……」


「ちょ、ちょっと待ってください! それは……本当のことなのですか?」


 一応、気術士の言い伝えに、気術士の祖は仙人である、という話があった。

 しかし、それが北御門の祖とは……。

 俺の言葉に蓮華仙人は言う。


「うむ、本当じゃぞ。そもそも気術自体、仙術からの派生というか、そこから発想を得たものじゃろうからな。わしには残念ながら使えぬが……仙界の気と人界の気は異なるゆえ、仙術をそのまま使うより、新たな術の開発が必要じゃったのじゃろうて。道士ではない人間には仙術は使えんし、道士の血を継いでいても使えるとは限らんというのも大きかろう」


「……気術は、仙術から生じたもの、と言う話は……本当だったのですね……」


「詳しくいえば、それだけではないだろうがのう。仙術も源流にある、と言うくらいじゃろうて。他にも人界に古くから伝わる術なども組み込んで、体系として完成させたのじゃろう。そしてそれが故に、わしら仙人には使えぬ。使えば仙人としての格が落ちるかもしれんからのう」


「……それなのに、俺には仙術が使えるようになるのですか?」


「言ったじゃろう。お主には道士の血を、魂を、強く感じる。じゃから覚えられる。それにそもそも仙人に成っているわけでもない。今身に付けるのであれば、何も問題はない。いずれ仙人に昇ることもあるじゃろうが、それは先の話ゆえな」

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