第148話 仙界

「さて、ここからどこに行くんだ?」


 俺はまず、そう言った。

 俺たちが仙界門から出た場所は、峻険な山の頂である。

 富士山のような形状ではなく、本当に尖った針金のような山の上で、周囲の景色もそんな感じだ。

 高さはさほどでもなく、数百メートル程度のものがいくつも散見できる感じだな。

 間には川が走っており、その川の上をゆっくりと船が走っている。

 ただ、動力船ではなく人力船のようだ。

 仙界では機械は発達していないのだろうか?」

 まぁ、この深山幽谷という風景にエンジンのついた船は無粋であるが……。

 そんなことを考えている俺に、光枝さんは言う。


「私の師匠のところに、ですね。仙術を学ぶのが目的な訳で、そこから考えれば私が教えるでもいいのですが、澪さんはともかく、武尊様には仙術を学ぶ才があるのかどうか、まず見なければなりませんので……」


「それは光枝さんには見られないものなのか?」


「私はまだまだ未熟者なものですから。一応出来はしますが、確実とは言えないので。加えて、才があったとしても、修仙に必要な道具などもありますから、それらが揃っているのが師匠のところでして。調達を頼んでいるものもありますし、挨拶もしておかないとならないですしね」


「なるほど、色々理由があるわけだ……それなら仕方ないか。しかし、それってどれくらい距離があるんだ」


「うーん、ここからですと……百キロくらい先、ですかね?」


「え」


 百キロ?

 それは流石に勘弁してほしい。

 歩いて行けなくはないが、面倒臭すぎる。

 登山と妖魔退治で疲れてるし、そろそろ休めるもんだと思っていただけに、なおさら。

 そんなことを考えていることが俺の表情には出ていたのか、光枝さんは、


「あっ、そうか。武尊様は飛べないんでしたね……流石に百キロ歩くのは嫌ですよね……」


 と言ってくる。

 俺が深く頷いて、


「まぁなぁ……」


 と答えると、


「ならばわしの背に乗って行けば良いじゃろ」


 と澪が言ってくれる。


「お、いいのか?」


「別に構わん。というか今まで何度も乗っておるじゃろ。そもそもわしは武尊の式鬼じゃ。使われてなんぼじゃ」


「じゃあ遠慮なく」


 それから澪は龍の姿に変わる。

 数年前と比べるとだいぶ大きくなっていて、小龍とは言えないかな。

 かといって成龍というほどでもまだ、ない。

 それでもその身に宿る霊力はかなりのもので、一般的な龍より既に強力な力を持っていると言えるだろう。

 澪の背中は鱗だらけであるが、意外に乗り心地は悪くなく、また、飛行している最中も寒い、ということはない。

 俺が自分の力でもって寒暖の差をカットすることも可能だが、澪の方でそれをやってくれるし。

 澪自身は多少の気温の差など全く関係のない肉体を持っているので、俺のためにだけしてくれている配慮だな。


「さぁ、それじゃあ行きますよ〜」


 ふわり、と光枝さんが浮いて、先に飛び始める。

 澪はそれを追った。 

 二人揃って飛べて羨ましい限りである。

 しかもかなりの速度で、気術による空中機動系では追いつけないだろう。

 小回りは俺の方が効くかもしれないが……。


「……それにしても、本当に人が住んでるんだな。地上にしっかりと集落や、人の姿がある……」


 高空から地上を観察していると、そのような影がいくつも通り過ぎた。

 中には俺たちに気づいたように手を振る者たちもいたくらいだ。

 

「彼らはこの仙界に生まれ、仙界で死んでいく人々です。場合によっては修仙の機会を得て仙人道士になる者もいますが、かなり少数ですね」


「仙界にいるのにか?」


 ここに生まれているのなら、仙人になるのは容易なのかと予想したが、どうやら違うようだ。

 光枝さんは頷いて言う。


「ここに住む人間も、人間界に住む者たちも、何も変わりはありませんから。人間が仙人になりにくいのは、同じです。ただ、習慣や食べるものなどから、こっちの世界の人間の方が多少、仙人になりやすくはありますけど、その程度です」


「そうか……服装とかが古風なのは?」


「ここには現代日本のような機械は全くありませんよ。そういう場所です」


「……生活そのものが大変そうだな」


「しかし、それこそが本来の生き物の姿というものですよ」


「……そうかもしれないが……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る