第146話 肝

「……おっ。結構いい霊石持ってるじゃないか」


 倒した猿魔を解体しながら内臓を抉ると、そこから霊石が得られた。

 以前、中位鬼から得られた霊石は小さなビー玉程度の大きさだったが、今回は野球ボールより少し小ぶり、くらいの大きさである。

 これだけ大きければ、かなり高度な術具の心臓部になるだろう。


 それにしても、この猿魔はそんなに強力な妖魔だったのか。

 このレベルの妖魔は街中にも滅多に出現することはないのだが……やはり仙界に対する執着の強さゆえかな?

 なぜ妖魔がそこまで仙界に執着しているのかもよくわからないが……。

 何せ、言い伝え、伝承によれば、仙界は清浄な空気で満ちていて、並のようまでは存在することすら厳しい場所だという。

 それなのに、と。

 まぁ、光枝さんに聞けばわかるのかな……


 そんなことを考えながら、猿魔をさらに解体していく。

 いつもならさっさと浄化してしまうのだが、これだけの妖魔となると素材としてもかなり有用だし、滅多に手に入らないからな。

 毛皮に、内臓、目玉すらも素材としてストックしておくに越したことはない。

 劣化や腐敗については、《虚空庫》に入れておけば心配はない。

 完全に時間停止、というわけにはいかないが、かなり時間経過をゆっくりに出来るからな。

 数年程度なら余裕だ。


 出来ることなら、そのうち完璧に時間停止できるくらいになりたいが、術式の研究が足りない。

 真気の量的には十分なのだが、構成に問題があって実現できていないのだな。

 ちなみに、今の俺の《虚空庫》を他の誰かが真似しようとしても、模倣はほぼ不可能だろう。

 術式の難易度というより、必要な真気量があまりにも膨大すぎるからだ。

 美智が本気で取り組んでやっと、というところだろうな。


 俺の場合は、地脈から大量の真気を吸収して注ぎ込んでいるからできるだけだ。

 《虚空庫》の気術は、幸いなことに、一度形成してしまえば数ヶ月単位で持つ。

 だが形成するときに一気に真気を注ぐ必要があり、そこに才能の差というか、容量の差が出るのだな。

 以前は俺の《虚空庫》はせいぜいが、学校の体育館程度、だったが、今ではほとんど無尽蔵に近い。

 こんなものを誰でも使えれば、とんでもないことになるのは想像に難くなく、だからこそ、俺だけが可能とする技術のままでいいのだった。

 まぁ、咲耶には近い規模で使えるようになって欲しいとは思うが、今は無理だな。

 同じことをすれば、干からびてミイラになってしまうことだろう。

 流石に俺もそんなことは望まない。


「……あら、猿魔を解体されてたのですか?」


 ふと気づくと、光枝さんと澪が戻ってきていた。

 俺は二人に言う。


「あぁ。だいぶ強力な妖魔だったんでな。素材としても極めて貴重かつ有用だ」


 そういうと、二人は俺が解体してるそれを観察しながら言った。


「……確かに、だいぶ強力なものですね。ここまでのものはここ数十年、このあたりには出ていなかったのですが……」


「中位でも上の方じゃな、これは。肝をくれんか。力になるんじゃが」


 光枝さんの言葉は純粋な妖魔としての力の評価だが、澪のそれは半ば食い気だな。

 まぁ、妖魔は妖魔の肝を食べたりすると、その力が上がったりするからそれが目的だろうが……どうしようかな。


「やってもいいが、術具なんかの触媒に使いたいんだよな……」


「えぇ、いいじゃろわしにくれても。触媒ならほレ、鱗とかタテガミとかやるぞ。龍のものじゃ。いい品じゃぞ?」


「どっちもお前がゴロゴロしてるベッドから定期的に回収してるからありがたみないんだが……」


「むむぅ……では、そのうち我が母上に鱗をもらってくるというのはどうじゃ? わしとは比べ物にならん、ほとんど亜神に達した龍じゃぞ」


「お! それは……本当ならやるのはやぶさかじゃないが」


「本当じゃ! では遠慮なく……ガブリ、と」


 澪は近くに寄ってきて、猿魔の肝を剥ぎ取ってそのまま口に運んだ。

 口元が血に汚れるが、全く気にした様子はない。

 妖魔は確かに、寄生虫がどうこうとか、そんな存在ではないので問題ないのだが、十四、五歳の娘が巨大な猿の肝をむしゃむしゃ食べてるのはスプラッタだな……まぁいいか。


「うまいか?」


「うむ……おぉ? かなりの妖気を持ってたようじゃのう。だいぶ力が上がったぞ。これはいい!」


 澪がそう言って喜んでいたので、俺はよしとすることにしたのだった。

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