第145話 猿魔

「……こいつで最後か」


 俺は、妖魔を目の前にそう言った。


「他にも、小妖はいるみたいですが……そちらは私と澪さんで処理しておきましょうか?」


 光枝さんがそう言う。


「ん? いいのか。こいつを倒せばそれなりに二人の力にもなると思うが」


 妖魔は、基本的に他の妖魔を倒すことによって力を得る。

 もっと厳密に言うなら、他の妖魔の妖気を奪い取ることによって、だな。

 あとは俺たち気術士の真気を奪ったり、龍脈地脈から力を得たりなど、とにかく多くの気を吸収することが彼らの格を上げる。

 だから、可能であればそれなりに強い妖魔を滅ぼしたいと思うのが彼らの感覚だ。

 人間に比べて弱肉強食感が強すぎる気もするが、それこそが妖魔の凶暴性、とも言われる。

 その辺に対する偏見が、妖魔は全て滅ぼすべし、と言う気術士の感覚にも繋がってくるが……今はいいか。

 俺の言葉に光枝さんと澪は、


「いえ、私はすでに狐仙ですからね。力を得るならば、純粋に修行によって得ます」


「わしも修行派じゃからなぁ。それに猿魔ま不味いでな。食う気にならん」


 そう言ってくる。

 人間に対して割と薄情な二人だが、こういうところは人間に対して害はない部分だな。

 かといって、プラスになるというわけでもないが。

 そしてそれこそが妖魔の本質なので、別に構わない。


「じゃあ、俺がやっておくから、二人は他の小妖を頼む」


「はーい」


「心得た」


 そう言って、二人はその場から去る。

 俺は改めて目の前の妖魔に相対した。

 そこにいるのは、巨大な猿の妖魔だ。

 三対六本の腕を持ち、体躯はおよそ三メートルほどだろうか。

 身体中の筋肉は血管が浮き出るほどだし、生えている毛には強い妖力が感じられる。


「……キジュツシ……センカイ、イリグチ、オシエロ……!!」


 しかし、持っている妖気に比べて、頭脳の方はさほどでもないようだ。

 妖魔は妖力が強くなればなるほど、理性的で賢くなるものだが、こういうものもいないわけではない。

 知能よりも、腕力攻撃力に妖力を注ぎ込んだ妖魔というのが……。

 意外に賢い妖魔より、こういうやつの方が厄介だったりするんだよな。

 何せ、話が通じない。

 会話である程度交渉できるというのは、つまりは幻惑系の気術もよく効くということだ。

 けれど頭があまりにも単純であると、そういうのは効きづらい。

 一応、


「そういうわけにはいかないんだ。分かるだろ? 今日のところはお引き取り願いたいんだがな……」


 と言ってみるも、


「……モウイイ。イウマデ、ナグル!」


 そう言って、地面を踏み切ってこっちに向かってきた。

 巨大な質量がこっちに……。

 しかし富士山の傾斜のきつい斜面でよくそんな思い切って飛べるな!

 と思うが、猿の妖魔らしく、斜面を縦横無尽に駆け回る。

 一直線にこちらに向かってくるものと思っていたが、それをしないだけの知能……いや、経験があるようだ。

 そういえば、ここまで倒してきた猿魔たちは、この妖魔と似た姿をしていたが、腕は二本か四本だった。

 こいつを頂点にした猿の妖魔の群れということか……。

 

 そんな奴が、俺に向かって殴りかかってくる。

 三対の腕、その右側の三本が後ろに引かれている。

 あれで俺を殴るつもりなのだろうが……。


「大ぶりにすぎるな……」


 俺は軽く地面を踏切り、その狙いを外した。


「ッ!? ヨケルナァ!!」


 すぐに方向転換して俺を狙ってくるも、その動きは単純だった。

 まぁ、それだけに、力負けしたり、反撃手段がないと厳しいのだろうが……。


「……相手が悪かったな」


 俺は腰に構えた木刀に真気を注ぐ。

 また、足にも真気を巡らせ、気踏術により、猿魔との距離を詰める。

 

「……エ?」


 何が起こったのかわからない、そんな表情の猿魔の首を俺は一撃で切り落とし、木刀についた血を弾く。


「悪いな、素材は有効活用させてもらうから、静かに眠れ」


 俺がそう呟くと同時に、猿魔の巨体は、富士山の斜面に大きな音を立てて崩れ落ちたのだった。

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