第137話 許可

「……それで、本当に俺たちを仙界まで連れて行ってくれるのか?」


 居間で、ずずず、とお茶を飲みながら俺は光枝さんに尋ねる。

 東雲家でもお茶は結構飲んだが、なんだかんだ光枝さんがいれてくれたお茶が一番落ち着く上に、美味いな。

 決して重蔵が点てた抹茶が美味しくなかった、と言うわけではないのが、よく考えてみると、光枝さんの家事能力は数百年の研鑽がなされているものだ。

 人間が容易にたどり着ける領域にはないのだろうと思われた。

 そんな光枝さんが俺の質問に答える。


「ええ、構いませんよ。澪ちゃんについてもついでに申請しておいたので、大丈夫です」


「おぉ、それは本当かえ? 仙術についても教えてもらえたりは?」


「それも大丈夫です。というか、そもそも龍は人間とは違って、望めば仙界での修行は容易に認められるのですが……ご存じなかったですか?」


「なんじゃそれ。知らん」


「……普通は親や親族に教えられるものなのですが……」


「うちの母上は放任主義なんじゃ。まぁもしかしたらいずれ教えてくれるつもりがあったのかもしれんが、十年以上母上とは会っておらんからのう……」


「そういうものですか……その割に寂しい親子関係、というわけでもなさそうなのは、龍の時間感覚の故なのでしょうね」


「そうか? そうやも……それよりも仙界のことじゃ。どこにあるんじゃ?」


「仙界はどこにでもあって、どこにもありません……というと煙に巻くような表現ですが、言うなれば、この世界と重なり合った異世界ですからね。妖界、魔界と同じですよ。入り口は各地にありますが……この辺りですと富士山からが行きやすいでしょうか」


 妖界はいわゆる妖魔がいる場所、冥界とも魔界とも言うが、これらは実のところ違う世界のことだとも言われる。

 そもそも妖魔、と一口に行っても起源が異なるものも一緒くたにしてしまっている場合もあり、分類は難しい。

 そして仙界も、そのような世界と同じなのだという。

 世界はいくつも重なり合っている。

 パラレルワールド、というわけではなく、位相の異なる同一世界、という話だが……この辺りについては北御門の高位術者の方が詳しいだろう。

 北御門が得意とする気術は、いわゆる空間系。

 その辺りには四大家で一番詳しい。

 しかしそうであっても、位相の異なる世界に足を踏み入れるのは中々難しいのだが。

 特に仙界などには誰も行けないだろう。

 行けて、せいぜいが、妖魔が作り上げた領域とかその程度だな。 


「それにしても、富士山か……他はないのか? 結構遠いぞ。数日がかりになる」


 別にそれでも構わないのだが、両親に色々説明する必要が出てきて、若干面倒な気もした。

 しかし光枝さんは言う。


「この際ですから、お二人にも色々説明しましょう。武尊さまの事情については色々伏せる感じで構いませんが、私自身については詳しく説明して、納得の上で仙界への旅行をしてくると言えばお許しいただけるでしょうし」


「……大丈夫なのか、それ。いくら俺に対して寛容なあの二人でも、そんな簡単に許可など出さないのでは……」


 *****


「うむ、いいだろう」


「私も良いと思うわ」


 両親に話すと、俺たちはすぐにそう言われた。


「……い、いいんですか?」


 俺の方が困惑してそう尋ねてしまったが、二人とも何でもないような顔で、


「ちょっとした旅行だろう? 光枝がいるのであれば何の心配もない。それにしても、狐仙だったとは驚きだが……思い返してみるに、小さな頃から全く姿が変わらないしな。少し変だと思ってはいたよ」

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