第136話 不老不死

「ただいまですー!」


 玄関から光枝さんのそんな声が聞こえてきて、居間でゴロゴロしていた俺と澪は慌てて玄関に向かう。

 すると光枝さんは少しばかり驚いた表情をしていて、


「あ、あら? 二人ともどうしたんですか? いつもなら迎えになんて出てきませんのに……たまには私を労おうと思ってくださったのですか?」


 そんなことを言う。

 しかも少し感激したように目に涙が見えたので、これは……と思った俺と澪は目配せをし合い、そして言った。


「あ、あぁ。たまにはな。ほら、光枝さんっていつもうちの家事掃除を一人で全部こなしてくれてるから……なぁ、澪?」


「う、うむ。そうじゃそうじゃ。ほれ、母の日も近いしのう。光枝はわしにとって母のような存在じゃ……何か欲しいものはないかえ? できる限りのことはするぞ!」


 そんな俺たちを光枝さんは細い目で見つめ、それからため息をついて、


「……はぁ。分かってますよ、冗談です。それに私には二人の本心が見えますよ~……大方、仙界のことでしょう? すみませんね、買い物で留守にして」


 少しばかり口を尖らせてそう言う。

 

「……やっぱり分かってしまったか」


「それはそうですよ。私は武尊さまがそれこそ赤ちゃんの頃から知ってるんですからね? その上、私には仙術がありますし……表層意識くらいでしたら読めます」


「そんな技法があるのか……」


「流石に龍相手ともなると厳しいところがあるのですが、澪ちゃんもまだその辺り未熟ですしね。まだまだ龍としては子供です」


「わしまで……いや、龍の中では子供なのは分かっておるがな。おっと、そうそう、鯛焼きは……?」


「ありますよ、はい」


 そう言って、光枝さんは澪に鯛焼きの入った袋を手渡す。

 澪はそれを受け取り、


「おぉ、そうじゃ、これじゃこれ! ここのがうまいんじゃ……! みんな、後で一緒に食べるぞ!」


 嬉しそうにそう言ったのだった。

 どうやら独り占めするつもりはないらしい。

 

「では私はお茶でも入れますから……二人は居間でゴロゴロしててください。いつものように」


「毎日そうってわけじゃないんだけどな……」


「そうですか? 私にはそんな印象が……いえ、修行してることが多いのは分かってるんですけどね。二人ともメリハリ効き過ぎてて。まぁ、仙人には向いてますか……」


「そうなのか?」


「無為自然が我々の基本理念ですから。遊ぶときは遊び、修行するときは修行する。これが出来なければ仙道の修行なんてとてもとても……。おっと、買い物したものを冷蔵庫に入れねば」


 光枝さんはそう言ってとたとたと台所に消えていく。

 その姿はまるで狐仙には見えないが、今までほとんどしなかった仙人周りの話を普通にしてくれた。

 そのことから、仙界に連れて行ってくれるというのは本気なのだなと察せられる。


「仙人修行か……楽しみになってきたな」


「お主、本当に修行好きよな」


「なんだよ、澪は嫌いか? いや、龍に修行があるのかどうか知らんが」


「嫌いというか、あまり教わった記憶がないからのう。母上も基本までは教えてくれたが、それ以外は自分で好きに学べと放り出された……これを機会に、わしも真面目に修行してみるとするか……わしにも仙術、教えてくれるかのう?」


「頼んでみれば良いんじゃないか? それこそ澪なら何年待たされても余裕だろ。寿命俺より遙かに長いわけだし」


「確かにそれはそうじゃ。ただ寿命に関しては武尊も長くなるのではないか? 何せ仙人修行するんじゃからな。不老不死、不老長寿は仙人としては修行するために必須じゃから、割と早めに得られるものではないか?」


「え、そうなのか?」


「わしも詳しくは知らんがの。人間が考えるほど得がたいものではないのではないか……いや、そんなことよりまずは鯛焼きじゃ。今に行くぞ、武尊」


「……不老不死のほうが流石に大事じゃないか? まぁいいか……」


 そして俺たちは居間に戻る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る