第133話 書庫

「……結構なお点前で」


 抹茶を飲み、そんなことを言うと、


「……お前もそんなことが出来たのだな。いや……北御門で普通に教育はされているか」


 と重蔵が呟く。


「そうだよ。前世じゃ、お前の方が全く興味がないからそういう機会がなかっただけだろ」


「確かにその通りだ。いやはや、今頃幼なじみの新しい一面を知ることになるとは、長生きした甲斐がある」


「……まぁ、人死にの多い気術士界で、よくそこまで生き残ったなとは言ってやるよ」


「はは、ありがたい」


「……で、なんだよ。まさか本当に世間話に終始するつもりか?」


 そんなわけはないだろう、と思って尋ねる。

 今は時間帯も時間帯だ。

 世間話を本当にするつもりなら、こんな夜更けにする必要はない。

 皆が寝静まった時間に、静かにしたい話があったからこそわざわざこの時間を指定しているはずだ。

 事実、重蔵は、


「まぁ、分かるか」


「そりゃあな……ただ、内容は予想がつかないな」


「それはそうだろうな。それに、ほとんど世間話に近いと言っても良いかもしれんし」


「そうなのか?」


「うむ。わしが話したかったのは、お前が会ったと言う鬼の話だ」


「……あいつの? またどうして」


 温羅については重蔵に語ったが、もうあいつは冥界に行ってしまった。

 今更どうこう出来る存在でもないし……そもそも目の前にいても、どうこうは出来ないが。

「どこかで名前を聞いたような気がしてな。思い出したのだ。確か、我が家の蔵書の中に名前が出てきたなと……」


「何だと? ……いや、おかしくはないのか? 昔、封印されたのがあいつなわけだし、当然、どこかの気術士が封じたって事になる。四大家にその話が残っているのはありうることか……」


「うむ。ただなぁ、昔読んだ記憶はあるが、どの蔵書だったか、とんと見当がつかぬ」


「……え?」


「そう微妙な視線を向けるな。うちに残っている、当主しか見れぬ書物が一体どれほどあると思っておるのだ。何百年と書き記され、収め続けられているのだぞ。しかも読んだのは何年前か……思い出せただけでも奇跡だ」


「……そう言われると、そうかもしれないが……」


「だが、情報は欲しいだろう。だから、後でわしが探しておくつもりだ。わししか読めぬゆえ、わしが読むしかないので大分時間がかかるかもしれんが、先に報告だけと思ってな」


「誰かに読んで貰うのは無しなのか? お前の息子とか、それこそ薙人とか」


「わしとしては別に構わんのだが、書庫そのものにしゅがかかっておってな。わししか入れん」


「……当主だけ、入れるって事か」


「そういうことだな」


「ちなみに、他人が入ろうとするとどうなる?」


「弱い者なら弾かれる。ちょうど、電気ショックにあったような衝撃と共にな」


「そりゃ、おっかないな……しかし、弱い者なら?」


「うむ。強い者はまた別でな。中の書物全てが燃やされるらしい」


「えぇ……東雲の歴史を伝える書庫だろ。それなのにそれでいいのか……? それに、らしいって……」


「良くはないが、それこそ外には出せぬことまで書いてあるからな……。持ち出されるよりは燃やしてしまった方がいいだろう、という判断なのだろう。らしい、というのはまだ燃えたことがないからだ。この場合の強い者、というのは書庫の呪と結界を破壊できる程の者のことだからな。幸い、書庫の呪も結界も、古い時代の気術によって構築されている。現代の気術士では、破壊することは難しいだろう……四大家当主クラスであれば別だが」


「なるほどな……」


「本当ならお前も入れてやりたいのだがな」


「いや、そういうことなら仕方がない。それに、東雲家にそういう書物が残っているのなら、北御門にもありそうだしな。そちらを当たってみるのもいい」


「確かに……むしろ、そちらの方が可能性が高そうだな。四大家の歴史は北御門から始まっているというし」


「ほう、それは伝わっているのか、東雲にも」


「うむ。あまり大声では言えぬがな。西園寺と南雲がうるさい」


「そっちも知ってるのか」


「当主は知っているはずだ。わしも、当主になったときに初めて聞いた話だからな……。しかし、こうして考えてみると、四大家には謎が多い。その辺りも改めて調べてみてもいいかもしれぬ」


「単純に面白そうだしな」


「それもある。この年になってか、それとも長い間、ことの真相を知りたいと追い続けたからか、知識欲が強くなってな。調べられることは調べておこう。今日はそれを伝えたかった」


「よく分かった。よろしく頼む」

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