第134話 帰宅

「……お世話になりました」


 東雲家正門で俺がそう言うと、正門前に集まっていた東雲家一同の中、重蔵が、


「……寂しくなるな。この数日でお前達は随分と、うちに馴染んだ。お前達の才能には皆、感嘆しておるし、一門の技全てを伝授して構わないとまで言っておるぞ。どうだ、このまま東雲家に住み続けないか? なに、別に所属を移せというわけではない。ほんの数年うちに……」


 などと言い始め、そんな重蔵に薙人が、


「……お祖父さま。流石にそれはまずいですよ……三人とも、四大家の有望株、しかも一人はいずれ当主を継ぐ人ですよ……」


 と呆れた口調で突っ込む。

 祖父をほとんど信仰しているような人間の割に、意外とこういうところ常識的な薙人だった。


「……そうか? まぁそうだな……だが、東雲家一同、お前達をいつでも歓迎することは間違いない。もし何かあったら、遠慮せずうちを訪ねるといい。暇なときの稽古相手でも、新しい技法を求めての修行でも、ただの雑談交流でも何でも構わんからな」


「本当ですか? 私、嬉しいです! 北御門ではどうしても、訓練でも手心を加えられてるなと思うことが多くて……東雲家の皆さんは、皆、本気で戦ってくださるので凄く勉強になりましたから」


 咲耶がそう言った。

 これは咲耶の主観では事実なのだろうが、北御門の人々的には手心というつもりはなかっただろうと思う。

 北御門家はどちらかというと、守りの方を重視する戦い方というか、慎重なタイプの術者が多い。

 これは北御門家の気術士が身につけている気術と、単純に性格的にそうだからというのが大きい。

 そしてそうなると、強敵相手になればなるほど、攻撃の回数が減ってくるのだ。

 咲耶はどちらかというと積極的に攻撃するタイプで、手数も術の数も多い。

 だから、北御門の術者相手だと、避けてばっかり、守ってばかりで物足りない、みたいな感覚になるのだろうと思われる。

 対して、東雲家の術者は重蔵を筆頭に全員が攻撃的だ。

 守りなどほとんど考えることはない。

 一撃で殺せば良いのだと皆どこかで思っている。

 もちろん、守りの技術を全く訓練しないとか、身につけていないというわけではなく、しっかりと技法として身につけてはいるのだが……いざ実戦になるととりあえず殺しにやってくるのだ。

 それが、咲耶にとっては新鮮だったのだろうな。

 咲耶も北御門の人間なのだから、年を取れば徐々に落ち着いていくのだろうが、若い今は積極的な部分が強く出ているのだと思う。

 そのまま成長されるとちょっと困るが……まぁ、その場合はフォローすれば良いか。


「いやいや、こちらこそ、北御門の戦い方が見られて面白かったという声が多いぞ……いささか、強すぎて自信が折れた者もいるが」


 ぼそり、と後の方に付け加えられた台詞だったが、咲耶には聞こえなかったようだ。

 二十代三十代の術者でも、咲耶にひねられてボコボコにされた者は確かにいたので、そういう人々についての話だろう。

 別に彼らは弱かったわけではなく、むしろ十分に強かったのだが、咲耶がその上を行ったのだ。

 剣術のみだと流石に咲耶もその辺りに勝てないことも少なくなかったが、全ての気術アリでの模擬戦だと、殲滅力がある咲耶は数人を相手にしても余裕をもって戦えてしまっていた。

 北御門の気術が多対一に強いものが多いとはいえ、これは当然、その才能がなせる業である。

 北御門なら誰でも出来るとは思って欲しくないものだ……まぁ、重蔵は前世での俺との付き合いから、その辺りのことは十分分かっているだろうし、弟子達への面倒見もいいからうまくやるのだろうが。


「俺も凄く参考になりました! 槍の方が剣より強いと思ってましたけど、気術だとそうとも言い切れなかったし」


 これを言ったのは龍輝だ。

 彼は家門的に槍術と弓術を主体にしているため、剣術の方はそこそこだった。

 槍を使うのは間合い的に剣より長いからだが、東雲の剣術は剣身を伸ばしたり、斬撃を飛ばしてきたりするのでそういう意味での槍の優位は少ないんだよな。

 それを身をもって知った、ということだ。


「そう言いながら、東雲の気術を槍術にアレンジしていくつも身につけてしまったお前の才覚には、皆、驚いていたがな。武術の才能だと、三人の中でもお前が一番だった。また、学びに来ると良い」


 重蔵がそう言った。

 そして、


「本当に、三人ともまた来いよ!? 来年もな!」


 薙人がそう言い、そして手を振る東雲家一同の見送りを受けながら、俺たちは帰宅したのだった。

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