第132話 東雲家での日々
ここしばらくの間、咲耶がたまに思い悩むような表情をしていたのだが、ある日を境に急に全くそれがなくなった。
「……なんか妙にすっきりした表情だな、最近」
素振りをしながら咲耶に尋ねると、彼女は少し苦笑した様子だ。
「色々考えすぎていた、ということを教えられたのです。私は……武尊さまの隣にずっと言い続ければそれでいいのでした」
「……んん? それはどういう……」
「さぁ、次は模擬戦ですわよ。龍輝と薙人が戦うみたいですから、見物しましょう」
「あ、あぁ……なんか誤魔化されたような。まぁいいか……」
そして俺たちは練武場に向かう。
*****
練武場の中心で間合いを取りながら、龍輝と薙人が向かい合っている。
この二人が模擬戦をするのは、今日が初めてだな。
本来なら、同い年の子供同士で、定期的に模擬戦もやるべきなのだが、そもそも龍輝は剣術についてはさほど研鑽があるわけではない。
時雨家は弓術と槍術に重きを置いているらしいから。
そのため、基本をしっかりと身につけるまでは、それに終始し、模擬戦はそれから、ということになっていたのだ。
そして今日、龍輝は剣術をある程度修め、模擬戦に出ても良いという許可を重蔵からもらったわけだ。
まぁ、だからといっていきなり薙人に勝つのは無理だろう。
咲耶に絡んでいた印象が強いから、薙人の実力はさほどでもなさそうに思えてしまうかもしれないが、あれで本家の継嗣であるし、そもそも修行にも手を抜かない真面目な奴だ。
単に女に弱いと言うだけで。
その辺は重蔵の気質を継いでいないが……その他の部分は、若い頃の重蔵を見るようだと思うときがある。
戦闘にもかなり貪欲なんだよな。
楽しそうに戦うというか……。
「……始め!」
審判の声が響くと、二人は木刀を振り上げて距離を詰める。
速度的にはさして変わらないな。
龍輝も歩法に関しては時雨家で槍術を学んでいる関係で、それなりの研鑽があるはずだし、そう言う部分で劣ることはない。
ただ、剣の扱いでは薙人に一日の長がある。
「……間合いの取り方が、やっぱり薙人の方が上手ですね」
咲耶が見ながらそう言った。
「そのようだな。龍輝は距離を詰めすぎるのを恐れている感じがする。まぁ、あれで龍輝は意外と慎重派だから……」
「私たちと一緒にいるときは、むしろありがたいですけどね。個人で戦うときには、慎重過ぎても問題かもしれません……」
「確かに……。うーん、そのうち、そういう訓練とかするか? 婆娑羅の任務とかで、龍輝一人に戦わせて俺たちは後ろで見物してるとか」
「一般人に被害が出ない範囲でしたら。あっ、勝負が決まりますね」
「……やっぱり薙人が勝ったな。敗因は、最後に一歩踏み込めなかったところか……」
龍輝が悔しそうに降参している。
ただ、薙人も簡単に勝ったわけではなく、肩で息をしていた。
そして、龍輝に対し、驚きの目を向けている。
合宿が始まって、たった数日で東雲の剣術をある程度身につけてしまったそのポテンシャルに驚いているのだろう。
龍輝はかなり器用な方だからな。
咲耶が出力よりだとしたら、龍輝は細かな技術に強い。
覚えも早いし。
ここで過ごす中で、龍輝はさらに強くなることだろう。
そう思った。
*****
「……おぉ、尊。来たか」
訓練を終えると、重蔵に部屋に呼ばれたので一人でやってくる。
「呼ぶのは構わないが、不審に思われないか? 東雲家の当主が、北御門の小さな家の子供を一人、自室に呼びつけるなんて」
普通はあり得ないことだ。
しかしそれが起こっているのは、俺の正体を重蔵が知ったからであるのはもちろんのことだ。
重蔵は言う。
「わしが誰を呼ぼうと構わんだろう……というのは置いておいて、それなりに考えてはいるから心配するな。だから、わざわざわしが、お主一人がいるときを狙って呼んだのだ。聞き耳を立てている者もおらんかったし、お前だってここに来るときは忍んで来ただろう?」
「まぁ、な……。それで、何のようだ?」
「ご挨拶だな。旧交を温めようと思ってもいいだろう?」
「……別に悪くはないが……」
「とりあえず、座れ。茶ぐらい入れてやるでな……」
「お前が茶か。確かに茶室だが……そんな趣味が? 武一辺倒だったお前が……」
「当主ともなると、出来なければ話にならぬでな……加えて、精神を鍛える必要があると考えてきたからな。そう言う意味でも茶道はいいぞ」
「ははぁ……」
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