第131話 求めるもの
「……茜さまは……今は一体……?」
私がそう尋ねると、重蔵さまは答える。
「……正確には分からぬ。わしはあの時以来会ってはおらぬからだ。だが……ポツポツと、話が入ってくることはあった。久我茜の名前は出なかったが……それらしき人間を見た、という話が」
「それは……?」
「邪術士の組織、その暗躍が見られる事件などの現場などでな。後ろ姿を見たとか、顔を見たとか……あとは、久我家からの報告もあったようだ。明らかに久我家に伝わってきた、闇の気術が使われた形跡がある、とか。そういった情報から推測すると、久我茜は……」
そこで重蔵さまは言葉を切られたが、答えは明らかだった。
「……茜さまは、邪術士に堕ちられたのですね……」
「そういうことじゃ。残念なことだがな。しかし、気術士が様々な理由で邪術士に堕ちることは珍しくはない。そもそも、気術士の使命というものが、誰でも素直に頷いて取りかかれるものでもないからな。自分が死ぬかもしれぬ妖魔との戦いに、生まれたときから参加せねばならぬと運命づけられているのは、むしろ普通は耐えられぬことよ」
「しかし我々がやらねば……」
「誰がやる、とな。そう言い切れる強い心。それを、多くの家が後代に伝え続け、今も、どの家にも生きているというのが何よりの遺産である……とはいえ、茜はそういった心がなかったというわけではなく、尊の死によって狂ってしまっただけだが……」
「茜さまは、邪術士に堕ちて何をされようとしているのですか? そもそも、なぜ邪術士に……」
「久我家の……茜の両親に当時聞いた話によれば、だが……茜は自らの弱さを責めていたという。わしらが鬼神島に向かったときに、わしらに比肩する力があれば、尊をみすみす失うことはなかったのではないか、とな……」
「……!!」
ここで、なぜ重蔵さまがこの話を私にされるのか、おぼろげながら見えてきた気がした。
私はさらに尋ねる。
「ですが……それは叶わずに……」
「そう、その前に尊は死んでしまった。だからこそ……力を求めたのではないか。これから先、何者にも、何も奪われぬように。そして……いずれ尊を取り戻すつもりでもあるだろう」
「……? それは……?」
「闇の気術、それは多くの術を含むが、その中に、反魂の術があることを知っておろう?」
「はい……ですが、まさか!」
「失ったものを引き戻す。そのためにどうするか、など決まっておる。茜は、反魂の術を使うつもりだ。茜の姿らしきものが目撃された現場、その多くは、生命を操る術を研究、実践していたと思しき設備だったからな。反魂の術は、難しい。禁じられているのは、命を操ることが許されないなどという話ではなく、そもそも、それが失敗することによって起こる、多くの問題の故だ。魂については、気術士でも大したことは理解できておらぬ。にもかかわらず、それを操ろうとすれば……この世の理全てが乱れる事態を招く可能性すらある。分かるか?」
「……分かります。古い時代に、それを試そうとして、都が妖魔で埋め尽くされたとも……」
「そうだ。いくつもの失敗例がある。当時の気術士は、今の我々よりも源流に近い強力な気術を操れていたにもかかわらずだ。反面、現代の気術士は細かく複雑な、洗練された気術を使えるようになっているから、どちらが優れているかはなんとも言えぬが……。ともあれ、
「……?」
人間、になぜか少し強い意味を感じたが、気のせいだろうか。
言葉の意味としては別におかしくないのだが……。
しかし、それについて深く考える前に、重蔵さまは言われた。
「つまり、何が言いたいかと言うとだ。大事な人間のために、際限なく、ただ力を求める。それは修羅の道だということだ。そしてその道は、往々にして地獄へと続いている。そばに居続ける、支えになる、それを目的とするのであれば、そのような方法に傾倒するのは、あまり薦められぬ。そういうことだ。もちろん、強くなるのは我々気術士にとっては重要なことだが……それがゆえに、大切なことを忘れてはならぬ。お主にとって最も大事なのは、武尊であって、力ではなかろう?」
「……はい」
「であれば……貪欲さも、程ほどにしておけ。地獄の釜を、自ら開く必要はない」
重蔵さまは、そう言って静かに話を締められたのだった。
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