第130話 消えた許嫁
「……鬼神島に、あいつ……尊を残して、わしらは戻ってきた。封印が完成する前に、転移符を使うことによって、な」
「転移符……非常に貴重な符だと聞きますが……」
私がそう尋ねると、重蔵さまは頷いていった。
「うむ。使ったのは南雲慎司だが、奴もそれほど枚数は持っていないだろう。それは、当主となった今も、だ。転移符は作れる者が限られておるし……そもそも、現代において製作できる者はおらん。もしかしたら、西園寺は囲っておる可能性はあるが……あそこは、符術の家であるゆえ」
現代に残る転移符は、古い時代の符術の天才が残した者を少しずつ使っているに過ぎないと言われる。
それが事実かどうかは私にはまだ、知り得ないことだが、重蔵さまの語っている内容からするに、おそらく本当のことなのだろう。
「そんなものを、よく慎司さまはお持ちでしたね」
「奴は昔から、そういう要領が良かったというか……深謀遠慮なところがあったというか。どこかから手に入れたのだろうな。わしですら当時は一枚も持っておらんかったが……まぁそれは今は言い。それよりも久我茜のことだ」
「……はい」
「転移符で戻ったわしらだったが……気づけばわしの周りには慎司も景子もおらんかった。わしは、あいつを置き去りにしたことに放心してしまっていてな。二人とも、それを見かねて去ったのだろう。ただ、わしもずっと放心しているわけにもいかぬ。正気に少し戻った後、あいつの最後を伝えねばと思い、即座に北御門家に向かったのだ」
「……重蔵さまが、最初にそれを我が家に伝えてくださったのですか……」
「うむ。殺される覚悟だった。何せ、当主の長男を置き去りにしたのだ。どのような理由があったとしても……責められることは当然だ。しかし、美智はそれを静かに聞き、そうですか、と言った。兄なら、そのような自己犠牲もきっと喜んでしたことでしょうと」
「お祖母さまが……」
「強い女よ。当時、美智はまた十二、三歳だったが……気術士としてもかなりの腕になっていた。心も当時のわしより遙かに強く、度量も大きかった……。わしはそんな美智に頭を下げ、そして家に戻った。家同士のことは、それで終わりだ。あいつの詳細については、その後、慎司や景子も語り、そしてあいつを英雄とし、墓や慰霊碑を作って……とその辺りについては、皆知っていることだな」
「はい」
「問題はだ。わしが美智に話したことが、久我茜の耳にも入っていたことだ。久我家は、北御門でも隠密や闇の気術に詳しい家系でな……当時の美智ですら、察知できない隠密術によって、近くでわしの話を聞いておったらしい」
「そうなのですか……久我家は、確かに今もありますが、闇の気術に詳しいといっても、それはあくまでも対処するためですよね」
「そうだ。だが、対処するためには、使い方も知らねばならぬ。どっぷりつかるようでは問題だが、それを久我家は強い精神力と使命感で、長年耐えて伝え続けた。だが……茜は。茜は弱かった……いや、強すぎたのかもしれぬ」
「それはどういう……」
「あやつはな、尊の死を聞き、久我家に伝わる全ての闇の気術を収めた書物を持ち、家から去ったのだ」
「え……」
「わしは、その前に一度、茜に会っておる。痩せ細り、生気もなく……だが、目だけが爛々と輝いておったのを覚えておる。茜は、わしに尋ねた。なぜ、尊が死んだのか。どういう経緯があったのか。それは果たして必要だったのか。最後の言葉はなんだったのか……。全てを、わしは話した……そして聞いた後、茜は狂ったような哄笑を上げ……頷いて、わしに礼を言った。わしがあやつに会ったのはそれが最後じゃ。しばらくして、茜が出奔したことを、わしは聞いた」
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