第129話 北御門の旧姫
「……まず前提だが、北御門尊のことは知っているな?」
重蔵さまがそう言われたので、私は頷いた。
知らないわけがない。
「存じ上げております。かつて、《鬼神島の決戦》において、英雄的行動をされ、《妖魔の首魁》を封ずるための捨て石と自らなられたお方だと……」
私がそう言うと、なぜ重蔵さまは一瞬、微妙そうな表情をされた。
どういう意味の表情だろうか、と気になるが、すぐにそれを重蔵さまは引っ込められて、苦笑してから続ける。
「……うむ、そうだな。その北御門尊だ。まぁ北御門の姫が知らないはずもないか……これも知っているかわからんが、あやつとわしは、親友だった……」
これには少し、私は驚いた。
そういう話は聞いたことがなかったから。
あくまでも、あの時に鬼神島に向かった四人は、各家門の若手代表だったという話しか、私は聞いていない。
「そうだったのですか……。意外です」
私の言葉に重蔵さまは、
「ふむ、これは伝わっておらんか。確かにあまり、外から見て分かるようなことでもなくなってしまっていたしな……だが、わしとあいつは小さな頃から、よく一緒に遊んだものだよ。鬼神島に行った時は、色々あって険悪になってしまっていたが……まぁそれはいいか。ともかく、そんなあいつには、当時、許嫁がいたのだ。五歳くらいの時からな……武尊と咲耶より少し遅いが、気術士の家としては、中でもかなり早い方だった。通常は十歳くらいでだんだん決まってくるくらいだからな」
「存じております。ただ、三、四歳くらいでも、親の間ではぼんやりとそのような話になっていることもよくあるとは言いますが」
「仮決まりくらいは確かによくある。有望そうなところに先に唾をつけておこうとな。ただ……そこで完全に決めてしまうと、将来的に困ることもある。北御門尊の場合が、まさにそれだった」
「と言うのは……」
「あやつには、真気を体外に出す才能がなかったのだ。つまり、気術士としては無能、と言われてしまう体質だったわけだな。これは知っていたか?」
「……いえ。ですけど、考えてみればお祖母様が、そのようなことを匂わせるような情報をおっしゃっておられたやも……」
お祖母様のお兄様、尊様の話をする時、お祖母様はいつも少し辛そうな表情をされていた。
《鬼神島の決戦》についても、今思えば、どこか不十分な部分を感じる。
それが、重蔵様がおっしゃった、尊様の体質に起因する齟齬なのだとすれば、納得がいく。
「そうか。美智なら、嘘をつくよりも、情報に抜けのあるような話をうまく納得できるように話すだろうな。いずれ、真実を伝えるために……」
「真実とは……?」
「それについては、わしの方からお前にはまだ、伝えられぬ。先に色々と美智に相談しなければならないことがあるゆえな。だから今のところはそこは気にしないでおいてくれ。ここまで話しておいてなんだが、な」
「いえ。四大家の当主ともなれば、隠し事などいくらでもあるものですから。疑問を飲み込むことに不満はございません」
「……お前の爪の垢を我が孫に飲ませてやりたくなるほど、物分かりがいいな……。うむ、では続きだ」
「はい」
「尊の許嫁、その名前を《久我 茜》と言った。美しくも、芯のある娘だった。北御門一門の姫は、みなそのような性質があるが……彼女は特にな」
「茜さまですか……」
「聞いたことは?」
「ありません。そもそも、許嫁がいらっしゃった、と言うことすら私は……」
「なるほど、だが仕方ないのかもしれぬ。北御門で彼女の名前はタブーとなっておるのだろう。年嵩連中は間違いなくよく覚えているだろうが、お前の親世代には伝えないことを選んだのかもしれんな」
「……それはまた、どうして?」
「その理由を、これから語ろう……」
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