第128話 隣に立つ者の役割
「……む、昔の女……」
私の悩みを聞き終えた重蔵様、そう口にされて、少しの間フリーズなさった。
そして、しばらく経つと、くつくつと笑い始めたので、私は少し視線を強くすると、
「……いや、すまん。あまりにも予想していなかった悩みだったのでな。馬鹿にしているわけではないのだ……」
そう言って謝ってきた。
なるほど、確かにそういうことなら仕方がないかもしれない。
私も、この年で許嫁の昔の女について考えなければならないとは予想もしていなかったし、他人である重蔵様にはなおのことだろうと。
重蔵様はそれから、
「それにしても、昔の女か……しかし、武尊はまだ九歳だろう? 流石に気のせいではないか?」
そう続けられた。
私はそんな重蔵様に首を横に降って言う。
「いえ、間違いありません。私が昔の女と口にしたら、あからさまに動揺されましたから……。ですけど、武尊さまが魅力的な方なのは間違いありません。気術士としても、男性としても……ですから、仕方ないとも思ってはいるのですが……」
「ふむ、側室を作ろうと妾を作ろうと気にしないと?」
「……将来的には。そもそも気術士の家では、そのようなことが珍しくありませんでしょう? 家を存続するために養子を迎えることも普通です。あくまでも気術士は、その家の気術を次の世代に繋げ、妖魔に対抗し続けることが使命。そのために必要なのであれば、私一人の独占欲など……」
「九歳にして出来た女だな、お前は。だが別にわしの時代ならともかく、今はもはやそのような古い価値観に固執する必要もあるまい。素直に独占すれば良い……が、悩みの種は恋愛だけと言うより、武尊の力についていけない、追いつけない、そちらの方が強いようだな?」
言われて、はっとする。
確かに……武尊さまの前では、昔の女、に対する嫉妬の方が強く出てしまったが、そしてそれは確かにある感情だけど、それよりも私は……いつか武尊さまに決定的に置いてかれてしまう日が来るのではないか、と不安なのだ。
そのためには、強くならなければ。
気術士としての腕をあげなければ。
力がなければ。
そう、強く思っている。
それを自覚した私は、重蔵さまに言う。
「……そう、かもしれません。ですから、私は……早く、強くなりたい。武尊さまの隣にいることが自然になるように、そしてその場所だけは誰にも譲らずに済むように。それこそ、昔の女などいても、気にならないように……。私は強くならなければいけないのです。重蔵さま、何か、そのための方法などご存じありませんか? 今のままでは……私はどうやっても、武尊さまにいは追いつけない……置いてかれてしまいます……」
言っているうちに、涙が出てきた。
そうだ、私は武尊さまに、女がいようとなんだろうと、そのこと自体は、本当はどうでもいいのだ。
ただ、隣に、ずっと隣に居続けたい。
それだけなのに……遠い。
重蔵さまは、そんな私の頭をぽん、と撫でて、
「……まぁ、分からんでもない悩みではある。思い通りにならない目標に対する、もどしかしさというか……。その年でそんなものを抱えずとも良かろうに、とも思ってしまうがな」
「重蔵さま……」
「まだ若いのだ。いくらでもやりようはある……と言いたいところだが、それでは解決しないのだろう。そうだな……わしの長い人生経験から言えることがあるとすれば……おそらく、咲耶。お前のその悩みは、アプローチの仕方を間違っているのではないか?」
「え?」
「そもそも考えてみるといい。お前は武尊の横にいたい、ずっと、と言うが、そのためには強くなければならないのか?」
「それは……ええと」
そうなのではないだろうか。
武尊さまは気術士で、これから先、妖魔との戦いを……。
しかし重蔵さまは首を横に降って言う。
「わしは、わしの妻とずっと共にいたが……ある意味では強い女ではあったが、強さという意味では普通の気術士に過ぎなかったぞ。この時代だ。妻だから家を守っていろ、などと昔ながらの価値観を押しつけたりはせぬが、別に戦わなければそこにいられないというわけでもあるまい。分かるか?」
「……なんとなくは……」
「でも、納得できぬ、と言う顔だな。よし、では……少し昔話をするか。わたしの親友の話だ。北御門尊、その許嫁のな……」
そして、重蔵さまは語り出した。
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