第127話 咲耶、人生相談

 実のところ、武尊さまと戦うことは模擬戦とはいえ、この数年感、ほとんどなかった。

 というのは、私たちの気術士としての訓練というのは、幼稚園で人形術を学んだり、小学校に入ってからは婆娑羅で実戦経験を積んだりと、あまり普通ではない鍛え方に終始してきたというのがまず一つ。

 そして、今日まで考えてもみなかったが、そもそも、武尊さまと私では大した勝負にはならない、ということだった。


 模擬戦を始める前は、いくら武尊さまが才に溢れる気術士とはいえ、私もそれなりにやれると思っていた。

 事実、東雲家の方々を相手にすると、高校生くらいまでの年齢の者達であれば負けることはなく、また高弟太刀相手であっても簡単に打ち負けるということはなかったから。

 それなのに、である。

 武尊さまは、大剣を振るう私に対して、さほどの真気も使われずに、身のこなしと予測のみで戦ってみせた。

 

 武尊さまは恐ろしいほどの真気をその身のうちに秘めておられる方だけど、私相手に使った量は、その十分の一にも満たない。

 それにもかかわらず、打ち合う力はほぼ互角だったし、スピードに至っては私が完全に負けていたくらいだ。

 そして、そんな力量差では、当然の如く私がほとんど弄ばれるような展開になってしまった。


 もちろん、武尊さまは優しい方だ。

 それに、これが模擬戦……つまりは訓練であるということを理解されていて、だからこそ、私に指導するような形で動き、隙をちらほらと見せてくれていた。

 けれど……そのことが、私は少し悲しかったのだ。

 

 私は全く、この方の隣に居られるほどの力を持っていないのだと、それを白日の元に晒されているようで……。


 もちろん、武尊さまにそんなつもりなど全くないことは良くわかっている。


 そもそも、戦う前に、武尊さまはおっしゃられた。

 今の私では完全に信頼して頼りにすることはできない、と。

 そしてそれでも、十分に頼りにしている部分はあるし、またいつかそのうち信頼できる日が来ると思っているというようなことも。

 

 けれど……あぁ。


 それはどれだけ先のことなのだろうと思ってしまうのだ。

 

 一年後か、十年後か、それとも……永遠に来ないのか。


 私は今日、人生において初めて……挫折のようなものを味わったのかもしれない。


 どう追いかけても捉えきれない目標というものが、この世にはあるのだと……。


「……ん? 咲耶か。どうした? 武尊と龍輝、それに薙人はさっき一緒になって、練武場で訓練すると言っておったが、お前は行かなくていいのか?」


 東雲本家屋敷の縁側で、ぼんやりと池を見ながら物思いに耽っていると、通りがかったらしい東雲家頭領たる東雲重蔵様が、私を気遣ってかそう話しかけてくれる。

 私は慌てて立ち上がり、


「い、いえ……。三人には私が断ったのです。ちょっと考えたいことがあるからと……」


 そう答えると、重蔵様は頷いて言った。


「ふむ、そうか……てっきり、お前は武尊にずっとくっついているのが嬉しいのかと思っていたが、当てが外れたかな?」


「それは……そうなのですけど、今は……」


 その資格が自分にあるのか、思い悩んでいる。

 その言葉を飲み込んだ私に、重蔵様は少し苦笑して、


「……悩むのが若者の倣いとはいえ、いくらなんでも早すぎるのではないか……どれ、咲耶。わしに話してみるといい。これで結構な人生経験があるのだ。最近、長年の悩みにも区切りがついたことだし、今ならスッキリと相談に乗れるぞ。どうだ?」


 そう、意外なことを言ってくる。


「え……よろしいのですか?」


「なんだ、東雲の頭領では相談相手に不足か?」


「いえ、そんなことは……むしろ、つまらないお話をしてしまって時間を取らせてはと……」


「この年まで生きて、寿命までの年月を指折り数えたりはもはやするような歳ではないのでな。気にすることはない。ほれ、話してみよ」


「……では、お言葉に甘えて」


 そして、私は悩みを重蔵様に話し始めた。

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