第126話 北御門咲耶、女心
それは、青天の霹靂だったように思う。
何か、武尊さまが思い悩まれている様子だったから、私が色々と尋ねると、どうも昔の女の影がチラホラとしだしたのだ。
武尊さまに……昔の女!?
そんなバカな。
三歳の時から、私という許嫁がありながら、一体どうやってそんなことに現を抜かす時間や余裕があったというのか。
そもそも、私のことを抜きにしても、武尊さまはずっと多忙だ。
通常、一門でも中位の家までは、普段の仕事はそこまで忙しくはないものだ。
上位の家は、それこそ目まぐるしく動かざるを得ない程度に、行事や任務が積み重なっているが、中位までの家はそうでもない。
これは、一門としていつでも、どこにでも派遣できる気術士の数を維持しておきたい、という考えがあるからで、上位の家はそれでもどうしてもやってもらわなければならない仕事が多いためにそうなっている。
そのため、一門としては、特段、その実力があるのであれば、いずれの家であっても上位の家に格上げしたいと常に思っているものだ。
例えば、後継者に才能があるとか、実のところ今まで見逃されていたが功績が沢山あるとか、そういう理由があれば、すぐに上に上げる。
最近だと、ずっとほとんど最下位に置かれていた高森家が、中位にまで挙げられていることがその例になるだろう。
これには、高森家の長男である武尊さまが、北御門当主の直系である私、北御門咲耶の許嫁になったことが大きく影響している、と見られがちがだが、実際には高森家の思いの外の実力が明らかになったことの方が、大きい。
正直言って、当主の実力は現在の上位の家の当主のそれに劣らないし、息子である武尊さまもその才覚は北御門の当主の座をいずれ継ぐとみなされている私をすら、優に凌ぐほどなのだ。
こんな家を、下位に置いておけるはずもなく、かといって、他の家の嫉妬など考えると、いきなり上位に、というわけにもいかず、今のところは中位に置かれている。
そういう状況なのだった。
ただ、お祖母さま……美智様は、そのような事情から、高森家に任せる仕事はほぼ、上位のそれと遜色ないものばかりにしているが故に、高森家はその序列に反して非常に忙しい。
夫婦揃って、常に動いている状況である。
もちろん、決してぞんざいに扱ったりはしないように、その体調や、任務の質などには気を配っている様子だが、激務であることは間違いない。
それでも通常ならこなせる量ではないはずだが、高森の夫妻は、それを普通にこなして、のほほんとしている余裕すらあった。
なぜこんな家が今まで放置されていたのか謎だが、お祖母さまは非常に喜んでおられるし、そんな家の子供を孫の許嫁に迎えられたことは幸運であるといつも言っている。
そう、北御門家の当主、支配者であるお祖母さまからすら、武尊さまは一目を置かれる存在なのだ。
三歳の時から、この方こそが私の許嫁に相応しいと、そして私もまた、この方に相応しい人間であろうと、心に決めてきたことは、決して間違いではないのだと、その事実が教えている。
そもそも、そんな論理的なことなど関係なく、私は武尊さまが大好きなのだ。
彼は、とても優しく、スマートで、儚げなのだ。
それがとても格好良く思われる。
同年代の子供は……どうしても、子供っぽく思えてしまう。
例えば、東雲家の薙人さま。
今でこそ、実力、性格ともに立派になられたが、昔の彼はなんというか……ちょっとばかり、しつこい人だった。
私の何を気に入ったのか分からないけれど、ずっと付き纏って、よくわからないことを言う、理解できない人だったのだ。
でも、それを見て、多くの大人は、子供ならあんなものだろう、と言っていた。
ただ私は当時から思っていたのだ。
武尊さまは、そんなことはなされないと。
むしろ、私に気を遣って、私の気持ちを考えて、優しくしてくださる。
そしてそれだけではなく、私が近づこうとすると、スッと引いていってしまう、まるで引き波のように捉え所のない方で……それが私の心を強く掴んだ。
だから私は、武尊さまの許嫁となった後、決してそのことに異論を挟まなかった。
なる前は……ちょっと対抗心を持っていたけれど。
それは少し、私が子供だっただけだ。
今は違う……これから先、私がずっと武尊さまの隣にいるのだ……それなのに、だ。
昔の、女とは……?
なんだか急にイライラして、私はつい、武尊さまに模擬戦を申し込んでしまった。
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