第125話 VS咲耶
「……はぁぁぁぁぁ!!」
咲耶が、裂帛の気合いと共に大剣を振り上げ、俺の方に向かってくる。
身体強化の十分に利いたその体には、木剣とはいえ、大剣の重さすらもさほどのものではないらしい。
その動きにはブレがなく、また大剣に振り回されているような感じもなかった。
そしてそんな大剣を、俺に向かって振り下ろしてきた。
……あれは、当たれば相当なダメージを負うな。
と、一目で分かるもの。
もしも身体強化せずに挑めば、冗談ではなく一撃で死ぬだろう。
が、実際にはそんなことにはならない。
俺もまた、身体強化を普通に使えるからだ。
とはいえ、咲耶相手に全力で、ということもするつもりはなかった。
そうすれば一瞬で終わってしまうし、俺にとっても咲耶にとっても訓練にはならないからだ。
身体強化率は、大体……全力の一割くらいでいいな、今の咲耶相手であれば。
重蔵相手であれば全力でなければ話にならなかったが、流石にいくら天才とは言え、まだ子供だ。
それが俺と咲耶の差であった。
振り下ろされた大剣を、俺は僅かに体をかわすことで避ける。
経験という意味でも、俺と咲耶にはそれなりの差がある。
俺は五十年間、温羅のスパルタ剣術修行をやり続けたのだ。
魂をすり減らさないために、常に刺激のある攻撃を……それはつまり、常に死の危険を感じるようなギリギリの攻撃をされ続けた。
少し実力が上がれば、それに比例するように温羅も力加減を強くする、それを五十年の間繰り返した。
どれだけ強力な攻撃が来ようと、俺がさほど恐怖を感じないのは、あの経験があってこそのことだった。
俺は咲耶の大剣を避けた後、素早く地面を踏み切り、咲耶に向かって走る。
木刀は後ろ手に構えたままだ。
咲耶は俺のその姿を確認するや、反応して大剣を引き戻さずに、そのまま横薙ぎへと移行する。
これは流石の行動だろうな。
引き戻していたら、そこで決着はつけることが出来ていた。
横薙ぎだと……俺も避けざるを得ない。
それくらいギリギリのタイミングだ。
そして、横に跳んだ俺に、咲耶はそのまま突きを放つ。
切っ先には……気の塊があった。
気術は使わない、という縛りだが、東雲家の霊剣術由来のものであれば使って良いとされる。
あれはその技法の一部だな。
咲耶の大剣、その切っ先が真気の分、僅かに伸び、俺の間合いの感覚を惑わせようという魂胆だ。
あの年で駆け引きをよく知っている……それは、彼女も婆娑羅会で妖魔達との戦闘を重ねてきた経験があるからだ。
妖魔は下位のものはほとんど動物のように行動するものばかりだが、中位に近づくにつれて狡猾な賢い個体も出てくる。
そういうものの討伐をこの一年で多く経験し、彼女も成長したと言うことだ。
ただ……。
「それでも、もう少し、だな」
「えっ?」
咲耶の伸ばした真気を、俺は木刀に纏わせた真気で弾く。
すると、彼女の真気と繋がっている大剣も連動して上に弾かれた。
武器に真気を流し、接合するとこういうことが起こる。
それなりに慣れてくると、武器に流す真気と、今、咲耶がやったように伸張させる部分とで同期させないように分割して動かす、というやり方も身についてくるのだが、流石に今の咲耶にはそこまでの技術を求めるのは酷だろう。
そもそも、この技法自体、今回合宿に来て、初めて学んだはずだからな。
それでこれだけ使えている、というだけでも大したものだ。
ただ、だからと言って手加減はしない。
厳密に言うなら、身体強化率を下げる、と言う以外の手加減はな。
大剣を上に弾かれ、がら空きになっている咲耶の胸。
そこに向かって、俺は木刀を突きつけた。
そこで、
「……勝負あり! 勝者、高森武尊!」
東雲家高弟の声が練武場に響いた。
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