第123話 鋭い勘

「……いや、別に?」


 なんだか妙な返答になってしまったのは、咲耶の視線に妙な圧力を感じたからではないぞ。断じて。

 しかしそんな俺に、咲耶は言う。


「武尊さま……何か私に、隠し事をされてますね……?」


 ……なんか妙に鋭いな。

 いや、そもそも咲耶に対する隠し事はたくさんある。

 俺が前世、北御門尊だったことも勿論だし、こうして転生した結果、武尊になっていることも当然秘密だ。

 美智との兄妹関係もそうだし、今回、重蔵と色々話してわかり合ったことも言えないことだ。

 いつかは……話してもいいかもしれない。

 咲耶には、俺の味方として、動いてくれれば嬉しいから。

 この点は龍輝も同じだが……。

 けれど、それは今出来ることではない。

 彼女は小三とは思えないくらいに賢いし、強いが、しかしまだ小三なのもまた紛うことなき事実なのだ。

 前世、重蔵があれだけ強かったのにも関わらず、心の闇を突かれてあんな事態を招いてしまったということを聞いた今なら、尚更に咲耶に話せたことではない。

 その時が来るとしたら……咲耶が気術士として完成を迎えたその時になるだろう。

 今でもその辺の気術士くらい相手にならないほどに強い咲耶であるが、恐ろしいことにまだまだ発展途上なのだ。 

 子供にありがちなムラも、今はある。

 だが、それすらも消えて、安定すれば……。

 そしてその時に至ってもなお、俺の側にいてくれる選択をしてくれたら。

 その時は、俺も腹を括って全てを話すことだろう。


 そこまで考えて、俺は言う。


「……隠し事か。いっぱいあるさ」


 嘘はつかないほうがいいだろう。

 何せ、彼女は嘘には敏感だ。

 真気をさまざまな感覚で捉えることの出来る力を持つ咲耶である。

 心の揺らぎ……動揺や虚偽、怒りなどは体内の真気に影響を与える。

 だから嘘をつけばすぐにバレる。

 しかし、逆に言えば嘘さえつかなければいいだけの話だ。

 はっきりと隠している、と言えばそれは嘘ではない。

 事実、咲耶は俺の言葉に、


「……むぅ。どうして隠されるのですか? 咲耶が信用なりませんか?」


 と言ってくる。

 俺はそんな彼女に首を横に振って答える。


「いいや。そういうわけじゃない」


「でしたら、どうして……」


 眉根を寄せて口を尖らせる咲耶。

 そんな彼女を諭すように俺は言う。


「それは、簡単だ。今の咲耶に話すには、危険だからだ」


「……危険、ですか?」


 こてり、と咲耶は首を傾げた。

 どうやら、俺の返答が少し予想とは違っていたらしい。

 俺は説明する。


「あぁ。実のところ、俺が隠していることは、本当に危険な話でな。知るだけで、危険性が上がるようなものだ」


「でしたら、なおのこと……」


「ダメさ。今の咲耶じゃ、やってくる危険に対処することが出来ない。それなら、知らないままの方がいい」


「……私の実力に、不安がおありですか……」


 不満そうな声で咲耶はそういうが、これについては気術士として、評価を曲げることはできない。

 そうすれば、いつ死んでしまうかわからないから。


「不安じゃない。事実だ」


 だから、これについては、はっきり言っておくべきだろう。

 そして、そこまではっきり言われると、咲耶も納得がいったのか、最後には頷いて、


「……はぁ。わかりました。今回のところは諦めます……ですけど、武尊さま。いつか、私にも話してくださいますよね?」


 そう言ってくる。

 流石にここで首を横に振るわけにもいかず、俺は言う。


「あぁ、もちろんだ。咲耶が俺が頼れるくらいに強くなったら……その時はきっと。まぁ別に今も頼りにしてないわけじゃないんだけどな」


「そうなのですか? それならよかったです……あ、あと」


「ん?」


「隠し事は仕方ないのですが、さっき、私ではない女性のことを考えておられませんでしたか?」


「……いや?」


「……真気に揺らぎが……?」


「いやいや、待て。そういうことじゃないんだ。なんというか……昔のことを思い出して……」


「む、昔の女が……!?」


「いや、そういうことでもないんだが……」


「武尊さま。なんだか私、武尊さまと模擬戦をしたくなりました……練武場がそろそろ空きそうですので、参りましょう」


「え、いや、俺は別に……お、おい! すごい力だな……わかった、わかったって……」


 そして俺は咲耶に引きづられて、武道館の中にある、練武場の一つまで向かったのだった。

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