第122話 前の許嫁

 久我茜。

 俺の前世の婚約者……というか、許嫁か。

 その出会いは古く、俺が五歳くらいの時だったかな。

 やはり、前世の時代においても《気置きの儀》が終わった辺りから、気術士としての潜在能力が周囲にも分かる形で明らかになるため、許嫁にという話は各家でよくされるようになるのだ。

 それは今世の比ではなく、そもそも一般人の間でも現代のように恋愛結婚主流ではなく、お見合いが多い時代だったから、許嫁について問題視するような人間は少数派だった。

 気術士というのはその存在意義が、妖魔を退治することにあるから、そもそも何を目標にすべきかって、妖魔を退治するための力を可能な限り効率的に得ること、だからな。

 そのために、良縁を結んでいく、というのは当然の話であると理解されていた。

 

 ただ、俺と久我茜の場合、俺の真気の量があまりにも巨大すぎたため、変則的な組み合わせでの許嫁だった。

 久我茜はもちろん、北御門一門の家の一つの久我家の娘であったわけだが、久我家はさほど上位の家ではなかった。

 中位……見方によっては下位と言ってもおかしくない家であり、そこの娘と本家の長男である俺とが許嫁になることは、通常ではなありえないことだった。

 しかし、それが実現したのは、真気があまりにも巨大過ぎる場合、相手方も大きな真気を持っていると子供が出来にくくなる、という統計的な事実があった。

 生まれれば確かに強大な力を持つ子供が生まれる可能性が高いが、そもそも後継が生まれないのではまずい。

 だから、真気が一定を超える大きさを持っている子が生まれた場合、許嫁になるのはさほど大きな真気を持たない相手、となる。


 さらに時代を遡れば、普通にお妾さんとかが何人もいることも普通で、そういう場合には正妻として大きな真気を持つ相手を、側室・妾には真気がそれほどでもない相手を、という風にしてバランスをとっていたらしいが、流石に俺の前世くらいの時代になるとな。

 側室・妾でもないだろうと。

 少なくとも、北御門ではそうだった。

 実のところ、他の家では……例えば、重蔵の親世代くらいだと、普通にまだ妾がいた。

 実際、重蔵自身、母親は正妻ではなく、妾の方であり、正妻の方は子宝に恵まれなかった。

 西園寺や南雲家でも同様の状況で、ただこちらの二つの家はかなり子沢山で、血みどろの後継争いがされていたのを覚えている。

 それに勝利した慎司と景子はそういう意味でも侮れない相手なのだった。


 ともあれ、気術士家系の血の繋ぎ方はそんな感じだったので、俺の相手になった久我茜はさほど大きな真気を持ってはいなかった。

 それでも、北御門一門に連なる家の娘であるから、在野の気術士とは比べ物にならないくらいの力があったけれど。

 また、努力をする娘だったため、単純な出力はともかく、技術的な部分については北御門随一、と言っていいくらいに育った。

 だからこそ、俺は常に、申し訳ない気分でいたが……。


 久我茜は、俺にいつも言っていた。


『周りが何と言おうと、尊様は必ず強い気術士になられます』『仮にそうなられずとも、私が守ります。それが許嫁という者なのですから』


 ……当時は、俺に気を遣ってそんな風に言ってくれているのだな、と思っていたが……重蔵から言わせると、全て本心だったということらしい。

 俺は……重蔵のこともそうだが、当時は本当に何も見えていなかったのだな、と思ってしまう。

 自分が気術士としてさっぱりうまくいきそうもないからと、自分のことだけしか見ていなくて、視野狭窄に陥っていたのだろうと今なら分かる。

 ある意味、ああいう最後を迎えるのに相応しい、愚かさがあの頃の俺にはあったということか……。

 

 とはいえ、流石に後ろから切られて儀式の贄にされて殺されるほどではなかったと思うのだが。


 それにしても、そういう俺の性質ゆえに、茜の人生を歪めてしまったのは……。


 そんなことを考えていると、


「……先ほどから、何を考えておられるのですか?」


 後ろから、今世の許嫁たる、咲耶がそう声をかけてくる。

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