第121話 元婚約者

「……ところで……」


 一通り落ち着いたところで、重蔵が口を開く。


「なんだ?」


 俺が尋ねると、重蔵は言った。


「いや……その、尊……お前これからどうするつもりだ? やはり、慎司と景子への復讐に邁進するのか?」


 やはり、重蔵としてはそこは気になるだろう。

 そしてその答えは決まっている。


「もちろん……と言いたいところだが、重蔵、お前の例があるからな。あいつらに同じような事がないとは言えない。まずは、どうしてあの日あんなことが起こったのか、それを詳しく調べたいところだ」


「その結果、あの二人に責めるところがあれば……」


「当然、復讐を決行するさ……止めるか?」


 そんなことはいくらお前であっても認めるつもりはないぞ、という意志を込めて重蔵を見つめると、彼は笑った。


「止めるなど……むしろわしもいくらでも力を貸してやるとも。あの日のことは、わしにとっても大きな傷だ……。その原因があいつらにあったのなら……その時は、わしにも一太刀くらいは入れる権利があるだろう?」


「なるほど、お前はいいパートナーになりそうだ。前世でも、友達のつもりでいてくれたみたいだしな……意外だったが」


「お前から見ればそうだろうとも。だがお前以外に、わしに友人と呼べる者はおらんからな……まぁ、今であれば、それなりの付き合いも増えたが、心許せる関係かと言われると……ほとんどない」


「だけど、お前、結婚したから孫までいるわけだろう? 奥方は……」


美沙みさについては……妻だからな。友人とは違うが……そうだな、お前以外には、あいつだけだったか……」


「もう亡くなられたとは聞いているが……」


「そうだな……十年も前になる。お前が生まれる前だ」


「俺は会ったことないよな?」


「あぁ、東雲の分家筋でも目立たない家から嫁として入ったからな。当時はお前も北御門の長男として、あまり他家の分家筋にまで気軽に接する、というわけにはいかなかっただろう。北御門内部でならそうでもないだろうが」


「そうだったな……」


「それより、結婚相手と言えば、お前の方だ」


「咲耶のことか?」


「そっちじゃない。前世の方の婚約者だ。話は聞いているか?」


「……それは……」


 聞いていなかった。

 いや、聞こうとしていなかった。

 俺のせいで、人生を大きく左右されてしまっただろう人だ。

 ただ、俺が婚約者ではなくなって、むしろ良縁にありつけている可能性の方が高い。

 美智も特に口にはしなかったから、おそらくはそうなのだろうと思って、俺も尋ねていなかった。

 だが、重蔵は、


「聞いていなかったのか。意外だな」


 そう言ってくる。


「なんだ、聞くべき事なのか? 俺が今更……」


「なるほど、本当にお前は知らないのだな……美智も言いにくかったのだろう。わしの方から教えた方がいいか……」


 微妙に歯切れが悪い重蔵に、俺は、


「……もしかして何かあったのか?」


 と尋ねる。

 重蔵は頷いて答えた。


「……お前の以前の婚約者、久我茜くがあかねは、邪術士に堕ちた。今ではその行方は杳として知れない……」


「なんだと……!? なんで、茜が……」


「わしと同じだろう」


「え?」


「お前が死んだことに、心が耐えられなかったのだ。わしは……必ずその真実を明らかにしてやると、踏みとどまれたが、お前の婚約者は……」


「なんてことだ……」


「まぁ、そうは言っても、何か被害を及ぼしいているという話は今まで聞いていないがな。地下に潜ったのがもう五十前ほどのことだ。それ以来、名前すら聞かん。もしかしたらもう、亡くなっていいるかもしれないが……。だとすれば今更こんな話をお前の耳に入れることになって、申し訳ない……」


「いや……聞けて良かった。しかしそういうことなら、少し探してみたくもあるな」


「自分は生きているぞと、言いにいくためか?」


「それで元の道に戻れるならな。重蔵、お前についてもそうだが、俺の死は、俺が思っていたよりも、色々な人の人生に影響を与えてしまったみたいだから……」


「あの頃、お前が思っていたより、お前のことを大事に思っていた人は多かった、ということだな。まだ遅くない故……出来ることはしていくのがいいかもしれん」

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