第119話 告白

「……はぁ、はぁ……」


 あれから何度木刀を合わせただろう。

 

「……ふぅ、ふぅ……」


 お互いに息が上がり、体も満身創痍になりつつあり、そろそろ限界に近づいている。

 とは言っても、俺の方は真気、という意味では何の問題もない。

 地脈からいくらでも供給できるから。

 そんな俺を見て、重蔵は言う。


「……お前の真気は無尽蔵か……?」


「まぁ、まだまだ尽きる気配はないな……あんたは限界みたいだが」


「節約して使える相手でもなかったのでな。だから……次が最後の打ち込みになるだろう。わしはそこに全てを賭ける」


 まぁ、そうだろうな。

 それで重蔵の真気は尽きるだろう。


「俺にそれに付き合えと?」


「まさか。逃げに徹されたところで、卑怯とは言わんさ……ただのわしの決意よ」


「逃げか……お前がよく言ったものだ。いいだろう。付き合ってやるさ」


 逃げてたまるか、と思う。

 あの大鬼から逃げた奴の前から、逃げるなど……。

 いや、それは重蔵の責任ではないか。

 しかし、それでもここで逃げるのは男ではない。

 それに、ここまで剣を合わせてきて、もう分かった。

 こいつの心根には、もはや何の闇もない。

 ただ真っ直ぐに生きてきた男の覚悟だけが、その切先には宿っていた。

 だから……満足した。

 最後くらいは、こいつの流儀に合わせてやってもいいと思うくらいには。


 そして、俺と重蔵は構える。

 重蔵は正眼に、俺は切先を隠した脇構えに。


「……行くぞ、武尊」


「あぁ、重蔵……!」


 お互い同時に地面を蹴る。


「……東雲霊剣術《雪風巻ゆきしまき》!!」


「……鬼神流《青嵐颶風せいらんぐふう》!!」


 そして、俺と重蔵の木刀が交錯する。

 

「……けふっ……」


 俺は、膝をついた。

 一撃に見えて、その間にいくつもの斬撃を叩き込まれ……。

 立っていられなくなったからだ。


「ふっ……」


 笑う重蔵だったが、直後、


「……見事だ……」


 ばたり、とそのまま身体が傾いでいき、地面に崩れ落ちたのだった。

 俺はそれを確認して、ゆっくりと立ち上がり、重蔵の元まで歩いていく。

 そして、重蔵を見下ろした。

 仰向けになった重蔵はまだ、意識を失っておらず、ぼんやりとした目で俺を見つめている。

 そんな重蔵の上で、俺は木刀を振りかぶり、そして思い切り振り下ろした。


 ──バキッ!!!


 という音と共に、重蔵の……ちょうど、顔の横あたりの床が凹む。

 木刀も折れた。

 重蔵は不思議そうな顔で、


「……わしを、殺したいのではないのか」


 と尋ねてくる。


「お前は……なぜ受け入れる」


「もう話しただろう。わしには罪が……」


「ふざけるなっ!! お前に……お前に罪なんてないだろう!! 誰かに操られた!! お前は! それが全てだ!! そうだろう!!」


 思わず、俺は叫んでいた。


「……武尊。いや……」


 それでも否定しようとする重蔵に、俺は言う。


「もう、いい。重蔵。俺は……お前を許すよ。たとえ……お前があの時、抗う術を持たなかったことで心につけ込まれたのだとしても、若い増長で、修行が足りなかったのだとしても。あの頃、お前はまだ十五やそこらだっただろうが……」


「……? そうだが……なんだ、何かおかしなことを言っていないか、武尊。お前は……まるで……」


 ここまでやってしまった以上、俺はどうすべきか迷っていた。

 本当なら、殺してしまった方がいいのかもしれない。

 秘密は知る者が少ないほうがいい。

 特に重蔵は……どこまで信用できるかという問題もある。

 だが、剣を合わせればわかった。

 こいつは、真っ直ぐだと。

 だから俺は言う。


「……まだ分からないか? まぁ顔は明確に違うからな……それに以前はこんな風にお前と戦ったりは出来なかった」


 そして、重蔵の瞳が少しずつ見開かれていき……。


「まさか……そんなはずは……だが……」


 と言う。

 俺は重蔵に、はっきりとした声で言った。


「……こうして俺として向かい合うのは、あの時以来だ。重蔵。絶対に許さないと、消えていくお前たちに叫んだの、聞こえてたか?」


「……尊……尊なのか……!?」

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