第118話 重蔵の変化
勿論のこと、東雲家の霊剣術は、遠当てだけというわけではない。
遠当てでは、ただの撃ち合いになってしまうと理解したのか、重蔵は距離を詰めてきた。
そこに俺が、
「……《天狗風》!」
木刀を振るい、遠距離攻撃を放つも、
「すでに見切ったり!」
そう叫び、重蔵は不可視の刃を叩き壊した。
対応するのが早すぎる、と思うが、重蔵はそもそも、東雲家におい不世出の天才剣士と昔から言われていた男だ。
それが六十年もの間、弛まぬ修行を重ね、円熟し、結実しているのだから、小手先の技では通用しない。
俺も出し切らねば、勝負にならないだろう。
地面を蹴り出し、向かってくる重蔵に寧ろこちらから近づく。
「……ぬぅっ!」
今度は俺の方から先んじて切りつけるも、それを弾く重蔵。
しかし、一撃だけで終わらせるつもりもない。
そこから俺は連撃へと移る。
最初は振り下ろし、弾かれてからは横薙、それを避けられて、さらに突きへ……。
俺と重蔵は体格差があって、俺から見ると的が大きく感じる。
だから多少、狙いは外れても構わないと速度重視で木刀を振るった。
それが良かったのか……。
「……グッ! 《曲がり水》!」
俺の木刀は重蔵の足をかする。
そこからさらに突きを……と思うも、うまく重蔵の木刀に巻き取られて弾かれる。
それでも木刀を奪われることなく、俺と重蔵は少し距離を取る。
静かにお互いの隙を突くべく、睨み合いの格好になり……。
「一撃、取られたか……」
重蔵が少し悔しげにそう言った。
「油断しすぎなんじゃないか? 所詮ガキだからと」
俺がそう言って煽ると、重蔵は苦笑し、
「最初はそうだったが、今では全くそんな油断はないわ……今まで戦ってきた誰よりも強いぞ、お前」
「それは流石に言い過ぎだと思うが」
「わしは戦いについて、嘘は言わん……まぁ、あの日の大鬼については戦っておらんから、比べようもないが……」
「戦えばよかったのにな。そうすればこんなことにはなっていない」
「……その通りだ。だが、時は戻せぬ……だから、せめてお前たちに託したい……わしが勝てば、言うことを聞いてもらうぞ!」
俺の煽りが思いの外効いたのか、重蔵は再度、攻めに転じる。
しかし、先ほどまでの速度は残念ながらないように思えた。
おそらくは、俺の当てた一発で足をやったからだな。
それでもわずかに過ぎないが……そのわずかが、このレベルの戦いでは大きく影響する。
「……鬼神流《飛燕》!」
予備動作なく相手を切り付けることに重きを置いた技だ。
これに重蔵はうまく反応できず、さらにその腕に傷を刻む。
しかし重蔵もある程度の怪我は織り込み済みだったのか、そのまま木刀を振るった。
気づけば、重蔵の木刀には先ほどとは比べ物にならない大きな真気がまとわれていて、それが雪のようにあたりの地面に降り落ちる。
それは俺の足元にも。
そして重蔵が少し気合を込める。
「……《忘れ霜》!!」
「……これは……!」
足元が、凍った。
重蔵の、気術であるのは間違いないが、初めて見るな。
昔の重蔵ならこういう戦い方はしなかったからだ。
足元が凍った影響で、俺の動きが少し鈍る。
その瞬間を、重蔵が見逃すはずもなかった。
重蔵は、凍った足元に慣れているのか、まるで乾いた地面の上のように、いや、それ以上に滑らかに俺にまで距離を詰め、そして木刀を横薙ぎにしてくる。
避ける……のは難しいか。
受けるしかない……!
俺は重蔵の木刀を、自分のそれで受け止める。
そしてそのまま吹き飛ばされる。
俺の足を地面に固定していた氷はするりと外れ、そのまま武道館の壁面まで吹き飛ばされる。
けれど、俺は猫の如くに体の位置を変え、そのまま壁に足をついた。
そして、そこからロケットのように体を翻し、重蔵の元へと舞い戻る。
重蔵もまた、俺に追撃を加えようとこちらに向かってきていたが、俺の行動は予想していなかったらしい。
少し目を見開く重蔵に、俺は木刀を振るった。
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