第117話 刃
重蔵の構えに、力が入る。
そして彼の持つ真気の圧力が変わった。
「ここからが本気って訳だ……」
俺の攻撃に少しだけまごついていたようにも見えた重蔵だったが、なんのことはない。
さっきまでは手を抜いてただけの話だった、というのがそれで理解できた。
相手が子供に過ぎない俺だからというのと、戦う理由が見いだせなかった、というのもあって、気持ちがついてきてなかったのだろう。
しかし、もう今は違っていることが、その表情からも理解できる。
昔の顔だ。
昔の……ただ戦いを楽しんでいた頃の。
けれど、あの日、俺を殺したその日の顔とも違っている。
向かいどころのない、力の行き先をただ求めて妖魔を斬っていたあの頃とは。
積み重ねてきた年月が、その顔に滲んでいる気がした。
重蔵の持つ剣術、東雲家の霊剣術といえば、気術士家の中でも最強の呼び声高い剣術だ。
極めればいかなるものも触れるだけで切り倒すとまで言われ、事実、東雲家はその剣一本で妖魔に対し大きな成果を残してきた。
その最高位の使い手が、俺に斬りかかってくる。
普通なら、そんな瞬間を見る間もなく、首を切り落とされて終わりだ。
だが、俺の目には確かに見えていた。
それは大量の真気での身体強化が目にもかかっているからだ。
引き延ばされた時間の中で見ているような感覚がする。
そしてそれでもなお、重蔵の動きは速かった。
「……くっ!」
振り下ろされた木刀を、今度は軽くは弾けなかった。
思い切り力を入れて、やっと流せたに過ぎない。
俺の癖に、すでに慣れてきているのかもしれなかった。
東雲家の男は、薙人もそうだがその精神の中に獣を飼っている。
それがゆえか、本能というか、野性的勘が鋭いところがあった。
そしてそれはそのまま戦闘勘へと直結し、彼らの剣術をさらに強化する。
その上……。
──ズザザ!
と重蔵に弾き飛ばされて地面を膝立ちで滑る俺に、重蔵は少し離れた位置から木刀を振った。
通常なら、まず届かない位置からだ。
何せ、数メートルの距離がある。
けれど、ここで油断すれば終わりであることを、俺はよく知っていた。
これこそが、東雲の霊剣術の恐ろしいところ。
俺は目に力を込め、
そして、
「……ここだ!」
というタイミングで、木刀に真気を大量に纏わせ、振るった。
すると、ギャン!という感触と共に、何かを斬り弾いた感触が手に伝わる。
そんな俺の様子を見て重蔵は口元に笑みを浮かべ、言う。
「ほう、霊剣術、遠当ての技法を知っていたか」
「……まだ教わってないがな」
「悪いな。これはある程度の真気と、剣術の両方を持たぬ者には使えぬ技法故、高弟にしか教えぬ。お前にはこれからと思っていた……んだが、なっ!」
言いながら、重蔵は斬撃を再開する。
ただの斬撃ではない。
いずれにも、不可視の遠当ての刃が宿っているものだ。
それが迫っていることを察するには、ただ真気を感じ、見る事以外の方法はない。
気づけば斬られている、それが東雲の霊剣術の神髄……。
だが……。
「それがお前だけの専売特許と思うなよ……鬼神流……《
俺は、遠当てと遠当ての間を縫って、木刀を腰に収め、そして抜刀するように振るった。
すると……。
「……ぬぉっ!!」
重蔵は驚いたように地面を蹴り、さらに木刀を横薙ぎにする。
それは俺が放った、不可視の刃に命中し、カァン!といい音を立てた。
それを聞いた重蔵は苦笑し、
「……はっ。確かにこれは嘗めていたな……同じ技法を使えぬとも言えなかろうに」
「今まで相対してきた敵にはいなかったのか?」
「いや……いたが、いずれも武術自慢の妖魔だったからな。どうしてもお前相手だと、その容姿に思考が引きずられてしまう……すまなかった。ただしくお前は殺すつもりでやらねば、わしの首も狩られよう」
「……遠慮なく狩られておけよ。その方が、俺もすっきりするかもしれない……」
「一体何がお前をそこまで……いや、勝ってから、だったな。お互い、体力は十分残っているようだ。まだまだ付き合って貰おうか」
「望むところだ……!」
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