第116話 重蔵、迎え打つ
構えながらもまだ覚悟は決まっていなかったのかもしれない。
目の前にいる孫と同じ年齢の少年から吹き出す圧力は、まるでわしに油断を許さなかったが。
実際、わしを殺す気でやる、とまで言った武尊の走り込みは、まるで雷光の如くだった。 どういう気踏術だ?
やはり、東雲のそれでも、北御門のそれでもないが、その速度、それに隠密性たるやそのどちらも凌駕するほどのものだった。
事実、気づけばわしの懐に武尊はいた。
今まで、数多くの武術自慢の妖魔とも戦ってきたわしが、そこまで入られるまでろくに気づけなかったほどの速度だ。
飛んでもなさ過ぎた。
それでも、東雲家当主として、負けるわけにはいかない。
それに斬られる前には気づいているのだから、十分だ。
ギリギリの戦いなど、あの日から何度もしてきている。
命を捨てるような戦いも、僅かにズレていれば死んでいただろう戦いも、ほとんど致命傷だったがたまたま命を拾ったような戦いも。
全てがわしから死への恐怖を取り払っていた。
わしが恐ろしいのは、ただ、何も分からずに終わることであって、死そのものではない。
託せる相手が見つかった以上、その恐れすらもわしからは消えつつある。
だから……そうさな。
今目の前に、このわしと同等……いや、それ以上に戦えそうな者がいることは喜ぶべき事かもしれないと思った。
上段に構えた木刀を振り下ろしながら、そんなことを考えていると、渾身の力を込めたはずの木刀は武尊のそれに命中する。
年齢差はともかく、身長差、体格差というのは武術においては強力なアドバンテージになる。
わしと武尊は、文字通り大人と子供の差だ。
しかも、わしは普通の日本人よりもずっと身長が高く、また肉体も鍛え上げて結構な重さがある。
もちろん、すべて筋肉で絞り上げたもので、無駄な脂肪はない。
そのわしが真上から垂直に木刀を振り下ろしたのだ。
真気での身体強化もした上で。
これに耐えられる存在は、少なくとも今のわしにとっては数えるほどしかいない。
同格の家のトップ達に、隔絶した実力を持つ大妖、それくらいのものだ。
いかに武尊がよく分からない剣術を身につけているとはいえ、容易にどうにか出来るものではないというくらいの自信はあった。
だが……。
「ぬうっ……!」
その自信は、即座に打ち砕かれた。
いや、もしも木刀を横に弾かれる、もしくはいなされていたなら、驚きはしなかったかもしれない。
けれど実際には、武尊はわしの振り下ろしを、下段から力尽くで押し上げてきたのだ。
その上で、弾いてきた。
これが意味するのは、わしが完全に力負けをしたと言うことだ。
振り下ろしなどという、大きな有利をこの手にしていたにもかかわらず、だ。
信じられず、かといってそのまま棒立ちになるわけにもいかない。
弾かれてがら空きになった胴部を、これだけの使い手が見逃すはずがないからだ。
わしは多少無理矢理、足に真気を入れて、地面を弾くようにして後退する。
このわしが、逃げの一手を張った。
それに驚くも、それ以上に……。
これは、面白い、と感じてしまった。
まさに互角だ。
力負けはしているが、どうも経験という意味ではわしに一日の長があるのか、追撃はしてこなかった。
しかし、むしろ今の一撃が、そういうものではなく、ただの小手調べでしかなかったことを、わしは次の瞬間の武尊の言葉で知る。
「まぁ、そうだよな……この程度じゃ、足りないか」
この程度、と言うのか。
今のやりとりを。
そう思って、わしは思わず聞いてしまう。
「……武尊。お前、それだけの力をどこで……それにその剣術。東雲のものでもなければ、北御門のものでもない。にもかかわらず、極めて洗練されておる……」
本当に知りたかった。
剣の極みが、その剣筋、構え、そして思考に滲んでいる気がした。
しかしそんなわしの質問に武尊は、
「知りたいなら、俺に勝ってからにしろ。あんたにそれが出来れば、だがなっ!」
そう言って、さらにかかってくる。
わしに、勝てというか……。
出来るのだろうか?
本当に?
今まで持ったことのない思考だった。
これまでの人生、あの日の一瞬を除き、勝てないなどと思ったことはない。
だが今回は……。
それでも、あの日と違って、勝てないかもしれないことを、わしは面白く感じていた。
だから言う。
「……やってやるとも。東雲の当主として、なっ!」
そして武尊を正面から向かい打つ。
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