第115話 重蔵の想い
あの時に起こった全てのこと。
それをわしはいつも悔いていた。
何か出来たのではないか、もっと修行をしていれば、心が強ければ、あの悲劇は避けられたのではないか。
それが、あの日から六十年間、ずっと抱き続けたわしの根幹だった。
しかし、そんなわしも、すでに老いた。
気術士の寿命は一般人の1.2倍程度、さらに真気に長けていれば、1.5倍程度まで生きることもあると言われる。
これは真気などの生命エネルギーが常に垂れ流しの一般人とは違い、気術士は常にそれを身に留める技術に長けているからだ。
もしかしたら、戦闘など一切せず、真気の無駄遣いだけをしないように生きれば、人の倍は生きられるのかもしれない。
けれど、わしはこの六十年間、ひたすらに戦ってきた。
あの時救えなかった命の代わりを求めて、そうすることが弔いになるだろうと、そう思って。
もちろん、一番の弔いはあの時の妖魔を探すこと、そして真相を明らかにすること。
だが、それが出来ぬまま六十年の月日が過ぎ、わしにはもう目的を達することぎ出来ないのではないか、と不安になってきていた。
そんな中、知った名前。
高森武尊。
あいつと同じ名の響きを持ち、才気あふれる少年であるという話を聞いて、会ってみたくなった。
色々と理由をつけて、親睦会の会場で近づき、実際に接触してみると、驚いた。
その雰囲気は北御門尊に非常によく似ていて、もちろん顔立ちなどはかなり違っているものの、空気感、物腰、そういったものが同質だった。
ただ、才能という意味では北御門尊を遙かに超えていた。
その身に持つ真気をしっかりと活用していることが分かる、穏やかに安定して流れる真気を見るに、相当な練度で鍛えていることも分かった。
武術の方はどうか、と思ったが、東雲の高弟たちの技術を見ても、普通にその剣筋が見えていたらしく、そのことについてふと口にしていた。
それを聞いて、わしは思った。
わしの寿命はあと僅かかもしれぬ。
だが、これからの未来を担う若者に、後事を託せれば……そうすれば、わしの今までしてきたことも、いくばくかはいずれ形になる日が来るかもしれぬと。
そしてそのためには、彼らを鍛え、事の真相を告白し、理解して貰うべきだろうと。
そう思ってこの数年、武尊を我が孫、薙人と同様に鍛え上げてきた。
彼の才覚は思った通り抜群で、わしの教えることをぐんぐんと吸い取り、今や基礎についてはほぼ完全になり、そして、東雲の奥義にまで手が届くところまで来ていた。
薙人もしっかりやってはいるし、十分に図抜けた力を持っているが、それでも武尊には残念ながら及ばない。
やはり、これからの気術士界を背負っていくのはこの武尊になるだろう、と思った。
薙人とも仲良くしてくれて、よい目標、よい兄貴分ともなってくれている。
心も強く……だから、そろそろと思って、わしは二人に全てを告白した。
もう少し後の方が良いとは思ったが、わしに残された時間はあまり長くなさそうに思えた。
健康だし、あと五十年は、と思ってはいるものの、最近の気術士界は荒れている。
戦いの中であっさり死ぬ可能性は十分にあった。
だから話した。全てを、正直に。
そして、薙人は全てを聞いてなお、わしへの協力を示してくれた。
武尊はその時は返答を保留したが、それでも話の内容については十分に理解してくれたようだった。
だから、夜に結論を、と言われて、少しだけ気がせくように、わしは少し前に武尊が武道館に向かったと聞いて、返答を尋ねに行ってしまったのだ。
この選択を後悔したのは、武尊に木刀を投げられたときだった。
わしがそれを受け取ると同時に、恐ろしいほどの殺気が、わしの体を突き抜けるように刺してきた。
慌てて真気を励起し、木刀にも保護真気を注ぎ構えると、今まで感じたこともないほどの強力な斬撃が、わしに襲いかかってきた。
誰が、何を、と思ってみれば、目の前の武尊が木刀を振り抜いた形で残心していた。
こやつが……これほどの?
よく見れば、信じられないほどの真気が武尊に集まっている。
その上、その構えには一切の隙がない。
東雲の剣ではなく、かといってどこで見たこともないものだった。
それなのに……斬りかかれない。
わしは、分からなくなった。
……一体、武尊は何者なのだ?
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