第109話 重蔵、影の努力

「あぁ……とはいえ、改めて話そうと思えばどこからすべきか迷うな。まずは……わしとあいつの関係からか」


 重蔵はそう言って深く息を吸い、覚悟を決めたように話だした。


「二人は北御門家のことは知っているな」


 俺と薙人が当然のことと頷くと、重蔵は続ける。


「あいつは、尊は、その北御門家の長男……通常であれば、次期当主となれる存在だった」


「通常であればとは……?」


 これを聞いたのは薙人だな。

 俺にとっては自明のことだ。

 重蔵は言う。


「あいつには、才能がなかった。いや、厳密に言うならば、真気は恐ろしいほどに持っていたのだが……なぜか、それを体外に出す技術がなかった。体内であっても、最低限しか使うことができなくてな。この意味を、真気を十分に使えるようになったお前達二人なら分かるだろう? つまり、気術士として、まず大成できない、そういう体質だったのだ……」


 とはいえ、最低限の気術はなんとか使えはしたのだが。

 それに符や術具を使ったりすれば、虚空庫などもなんとかなったし。

 ただ戦力としてはほぼ、無に近かった。

 客観的に聞かされるとなんだか、本当に恵まれない生まれだったなと感じる。

 かといって悲しかったとも、思わないが。

 

 だが、薙人は意外そうな顔で目を見開いて尋ねる。


「え、そんな……北御門尊様は、勇敢に戦ったと……! 気術もろくに使えないのに、そんなこと出来るはずが……!!」


「あいつが勇敢であったのは間違いない。あの場所に、自ら志願してわしたちについてきたのだ。そして必要な、あいつ自身が出来る限りのことは全てやった。だが……妖魔とは戦えはしなかった」


 情けない、足手纏いの話だな。

 本当に俺は何をやっていたのだろう。

 ついていかなければ死ぬこともなかっただろうし。

 その代わり、温羅の分体は外に這い出てしまっていたのかもしれないが……本体の方はどうだったんだろうな?

 一部しか出られなかったのでは、本体はあの穴からは厳しかったかもしれないな。

 どちらにせよ、あの大鬼が外界に出ることは防いだわけだから、結構な被害を抑えたことにはなるのかも知れない。

 温羅本体は理性的だったが、俺たちが遭遇した穴から這い出てきていた方には、そう言うものが感じられなかったから。

 そんなことを思い出していると、重蔵は続ける。


「わしは……あやつとは幼馴染だったからな。たまに色々なところに連れ出したりして遊んでいた。まぁ今思えばわしが無理やり引っ張って行ったに等しいが。あの頃、わしはあいつが気術士界をいずれ率いる重要人物になることを疑っていなかった。だから、そのための覚醒を考えて、そうやって共に修行してる感覚だったのだな。実際には、残念ながらそうはならなかったが……だが、それでも真気の量が量だ。いずれまともに扱えるようになれば、誰よりも強力な気術士になるのは間違いないはずだった。だが……」


「そうはならなかったんですね」


 俺がそういうと、重蔵は頷く。


「大体の目安だが、気術士の才能は十二を越えればまず、目覚めることはないと言われる。今までの統計的に、そうだった。どこの家の史書古文書を見ても、そのような記録があるはずだ」


 これは事実だ。

 十で厳しく、十一で絶望的で、十二を越えればもはや望みは絶たれたも同然。

 そんなことはどこの家でも言われる。

 そして俺は実際、望みを絶たれた人間だったわけだ。


「わしには信じられなかった。あれだけの力を持った者が、気術士になれぬのだと……。思い起こすに、あの頃のわしの十倍は真気を持っていたのではないか。今のわしでも、数倍せねば追いつけぬほどだ」


 これに驚いたのは薙人だった。


「お、おじいさまの、数倍……? どんな化け物ですか……」


 こんなだよ、と顔を見せて言いたくなったが、怖い話になってしまうから自重する。

 

「化け物など……まぁ力だけみればそう言えたがな。性格の方は温厚で、献身的で、いいやつだった。そしてだからこそ、わしは思った。このままいけばこいつはどこかで確実に死ぬとな」


「……それは」


 確かにそうだっただろう。

 別にあの時、重蔵達にどうこうされずとも、俺はその辺の雑魚妖魔にいつ殺されてもおかしくはない力しかなかった。

 でもだからなんだと言うのだ……。

 そう思った俺だが、重蔵の次の言葉には妙な納得があった。


「だから、わしはあいつを気術士から引かせることを決めた。もちろん、わしの勝手な判断で、あいつの意思などそこには一切ない。余計なお世話であったことは百も承知だ。だが……それでもわしはあいつに死んでほしくなかった。気術士の使命が妖魔との戦いで死ぬことにあったとしてもだ。だが、気術士をあいつに辞めさせるのは、普通のやり方では至難のわざだ。その為、わしは、あいつにキツく当たることにした」


 あぁ、と思った。

 確かに、十二を超えてから重蔵は俺にあからさまに厳しくなった。

 役立たずだの使えないだの後ろで震えてろだのよく言うように……。


「で、ですけど普通に言えば良かったのでは」


 薙人がものすごく正論を言うが、重蔵は首を横に振って言う。


「遠回しには言ってみたことはある。お前は術具作りが得意なのだからそちらに進んではどうかとか、無理せず儀式などを主として行う祭祀などをやってみてはどうかとか……全て無駄だったからな」


 言われてみると……言われたな。

 うーん……。

 あれかこいつ。

 本気で俺のことを心配して色々やってたのか……?

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