第107話 分体

 ……なるほど、こういうことになるか。

 俺はその光景を見て、まずそう思った。


 重蔵がドームの中心で念じたあと、現れたのは見覚えのある存在だったからだ。

 それは……。


「すげー、なんだあれ。初めて見たぞ。穴から体を這い出してる……でっかい、鬼?」


 薙人がそう呟く。

 そう、そこにいたのは、巨大な鬼だった。

 そしてあれのことを、俺たちはかつてこう呼んでいた。


 “妖魔の首魁”と。


 当然だが、重蔵もあの場にいたし、考えてみれば彼の人生の中で最も強力な妖魔とは何かと言われれば、あれになるのだろう。

 重蔵はどんな妖魔が出てくるかは、慣れれば調整がきく、とも言っていたので、あえてあれを出したのだろうが……どう言う意図か。

 俺が、俺だと気づいている?

 ……いや、ありえないか。

 もしそうだとすれば、重蔵はすでに俺のことを斬っているかもしれない。

 そうでなくとも、重蔵なら意外にスッキリ直球で「お前、尊だろ?」と言ってきそうでもある。

 そういう様子は特にないので、やはり単純に強い妖魔を俺たちに見せようとしているだけなのかもしれない。

 孫にもいいところを見せたいとかな。

 割と普通の祖父の行動だが、そんな奴であろうと今では思う。


 それにしても、“妖魔の首魁”というが、大封印の中で聞いた話によれば、あれはあいつ……温羅の分体だ。

 つまり温羅は、俺の時と今回とで、二連続で引っ張り出されており、何だか妙な感覚を覚える。

 まぁ、とは言っても所詮は分体であるからか、本来の温羅とは雰囲気も違うしな。

 黒い穴から這い出ようとしているその大鬼は、巨大な妖気を発して重蔵を睨みつけている。

 分体の方は、本体と違って妖気を隠したりはしないようだ。

 重蔵はそんな大鬼相手に刀を構えて、


「……懐かしい顔だ。あれ以来、お前と相対する覚悟がわかなかったが……なんでだろうな。今日はお前を思い出してしまった」


 そんなことを呟いた。

 何を……言ってるんだ?

 分からない。

 重蔵は続ける。


「お前を斬れば……あの時に斬れていれば……いや。今更だ。とにかく……行くぞ」


 ふっと、重蔵は息を吸った。

 そして気づけば重蔵の体はブレて、大鬼の背後にスタリ、と着地していた。

 ものすごい速度だ。

 真気を使った踏術……気踏術のなせる技だろう。

 抜いた刀をすでに重蔵は鞘に収めており、スタスタとこちらに戻ってくる。

 後ろには大鬼の姿がまだあったが、グググ、と震えた後に、ボトリ、と頭が落ちた。

 そのまま、大鬼の姿が消えていく。


 一撃で終わらせた、と言うことだろう。

 こちらに戻ってきた重蔵は、


「参考になったか? 二人とも」


 と尋ねてくる。

 薙人はこれに、


「やっぱりお祖父様はすごいです! 全然動きとか見えなかった!」


 と興奮したように言った。

 俺も、純粋に重蔵の技術には感嘆したので、


「あれだけの剣術を身につけられてることに驚きました」


 と言っておく。

 しかし重蔵は首を横に振って、


「いや、あんなもの大したことではない。そもそも……あの大鬼を見ただろう?」


 と尋ねてきた。

 俺はこれに言う。


「ええ、見たことのない妖魔でしたが……」


「俺も!」


 すると重蔵は言った。


「あれは五十……いや、もう六十年近く前になるのか。“妖魔の首魁”と呼ばれていた強力な妖魔だ。聞いたことはあるか?」


 もちろんある、というか俺はその場にいた。

 だがそんなこと言えるはずもなく、なんと答えたものか迷っていると、薙人が先に言う。


「《鬼神島の決戦》! 気術士ならみんな知ってます!」


 そういえば、今はそう呼ばれているらしいな。

 

「あぁ、それだ。その時に出現した、最も強力な妖魔……だが、わしらは結局、あれを倒せずに逃げ帰ってきた……」

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