第106話 目覚め
「……ここは……?」
目を開いてそんな風につぶやくと、俺のことを心配そうな目で見つめる人間が二人、目に入る。
もちろん、それは重蔵と薙人だった。
二人とも、どこかホッとしたような表情をしている。
薙人はともかく、かつて俺を殺した男にそんな目で見られるのは何か新鮮だな、と益体もないことを考えた。
「目が覚めたか……。よかった。大丈夫だろうとは思ってはいたが、何か異様な雰囲気だったので心配したぞ」
重蔵がそんなことを言う。
確かに、ここであの幻術の相手に殺されても命は取られないと言っていたわけで、そういう意味では安全だったはずだ。
けれど温羅が出てきて……。
重蔵にはどう見えたんだろうな。
雰囲気は異様だった、と。
まぁそれはそうだろう
そもそもパッと見、妖魔には見えなかったからな。
人化する妖魔もいるが……。
「武尊! さっきのあれ、何の妖魔だったんだ!? 初めて見たぞ!」
薙人がそう尋ねてくる。
「それはわしも気になるな。人化した妖魔ということは、高位妖魔なのだろうが……婆娑羅であのようなものと遭遇したのか? いや、それにしても……あれは……」
重蔵も首を傾げながら尋ねてくる。
彼ほどの達人から見れば、温羅の実力は分かるだろう。
けれど、あんなものに俺が遭遇したことがある、という事実とうまく噛み合わないのだろうと思われた。
普通に考えて、あれと遭遇して戦ったら、その時点で俺は死んでいるはずだからな。
その辺りの整合性をどう言い繕うべきか、迷ったが、とにかく誤魔化すしかないなと思って俺は言う。
「いえ、それは俺にも分かりません。どこかで見たのかもしれませんが……」
この程度しか言えない自分の言い訳の下手さに悲しくなってくるが、あまり細かい設定を作り上げてしまうと逆に自分でも訳がわからなくなりそうだから、ちょうどいいかもしれない。
実際、重蔵は俺の言葉に頷いて、
「ふむ……無意識の中でも強烈に印象に残るほどに強力だった、ということかもしれんな。ここではそういうこともあると、史書に載っていたゆえ。それにしてもあの妖魔の実力は凄かっった。立ち姿だけでもいかに強力かわかったぞ。それも、妖気ではなく、剣術のみで……」
「そういえば、あまり妖気が感じられませんでしたが、重蔵様も?」
「あぁ。ほとんど妖気はなかったように思う。通常ここで幻術により生み出された妖魔は、幻術とはいえ、ある程度の妖気も纏うものだ。事実、薙人と戦った下位妖狼からも妖気は感じただろう?」
「そうでしたね。でもあの妖魔は……」
「あぁ、ほぼ無だった。下位妖狼よりも希薄だったほどだ。だが、あれだけ強力な妖魔が、妖気を持たぬはずもない。つまり、妖気を完全に隠し切れるくらいの実力を持ち、妖気をさして使わずともあの実力だということだ。恐ろしいことだ……武尊、どこで遭遇したか知らんが、その時に殺されなかったことを喜んでおくべきかもしれんな」
殺されなくてよかったも何も、その時すでに俺は死んでましたよ、あんたらに殺されてね、とでも嫌味を言えればいいのだが、当然無理だ。
だから俺は頷いて、
「そうですね……でも結局、今、一撃でやられてしまいましたけど」
温羅との戦いを思い出す。
今ならもう少しやれるかも、と思っていたが、結果を見ればたったの一撃で終幕だった。
あの大封印の中でも、素振り以外に模擬戦を行ったりしたが、その時はあくまでも手加減というか、俺の実力に合わせて、ほんの少し上、くらいの実力で毎回戦ってくれていた。
だからその力の底が見えなかったが……やっぱりとんでもなく強いんだよな、と理解させられた。
それでもいつかは超えたいと思うが……。
「あれほどの使い手に力の一端を見せてもらえただけ、ありがたいことだがな。妖魔とは言え、あれほどの剣術の極みに至っていることは素直に尊敬できる。やはり、全ての妖魔を消滅させるべき、という考えは微妙なのかもしれんな……」
「え?」
「あぁ、いや。すまない。独り言だ。それより、武尊、体の方はもう大丈夫か? 今日はもう休んだほうがいいかもしれん。薙人も、疲れているだろう」
「いや、俺は……それに重蔵様はここで戦われなくてもいいのですか?」
「ん? わしか」
首を傾げる重蔵だったが、今のこいつの正確な実力を、俺は知りたかった。
そのためには実際に戦っているところを見るのが一番分かりやすい。
そう思っての言葉だ。
そして、薙人もうまく援護射撃をくれる。
「俺もお祖父様が戦っているところ、見たいです!」
「お前もか……まぁ、別に構わんが。ただ一戦だけだぞ。お前たちの体調が心配だからな」
「やったー!」
「ありがとうございます」
そして、重蔵は微笑み、立ち上がって、
「では、行ってくる。よく見ておくといい」
そう言ってドームの中心に向かって歩いて行く。
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