第102話 記憶

「……572、573!」


 最前に立つ重蔵が、一撃一撃を、まるで目の前に敵がいるかのように全力で刀を振るう。

 ちなみに、彼が振っている刀は木刀ではなく、刃を潰してある極厚の鉄刀だ。

 何キロあるんだ、あれ……。

 それを軽々と、ブォン、ブォンと恐ろしい音色を響かせながら振い続けているのだから、彼の後ろに整列して木刀を振るう弟子たちとて、決して手を抜くことは出来ないというわけだ。

 東雲家の連中は皆、武人気質なのでサボろうなんて軟弱なメンタルの持ち主はいないから問題はないのだが。

 それは、三年前の薙人ですらそうだったのだから、これはもう、東雲家の筋金入りの気質なのだろうなと思う。

 ちなみに、今回から参加している龍輝と咲耶も、一振り一振りを本気で振るっている。

 汗をだらりと流しながらも、真剣な表情で素振りを続ける様は、もはや小三の持ちうる執念ではない。

 まぁ、気術士家というものの子供は、大半が過酷な修練を課されているものだが、流石に二人の努力はだいぶ度を越している。

 今日ここでだけでなく、自分の家での修行もあるし、人形術の研究もしているのだから、普通ならキャパオーバーになっていてもおかしくないのだ。

 それなのにしっかりとやりこなす二人の才能は、まさに天賦の才と言える。

 俺もそういうものがあったら良かったが、残念ながら前世から恵まれていない。

 今の俺がある程度なんとかなっているのは、あくまでもあの封印の中での修行による擦り切れた根気が全てだ。

 もはやどれだけ退屈で辛い修行であっても、存在を消滅させないためにならば頑張れるという、ただそれだけものも。

 それも五十年の月日を重ねて手に入れたものなので、二人とはそもそもの才能が違う……。


「……1000! よし、いいだろう。次はいつも通り、班ごとに分かれて地稽古だ! ……武尊と薙人はここから別メニューになるから、わしについてこい!」


 重蔵がそう言った。

 それに俺は、お?と思う。

 去年まではここで俺も地稽古……勝敗のない模擬戦のようなものをやっていたのだが、今回は違うようだ。

 去年も薙人はここで分かれて重蔵とどこかに行っていたので、これは東雲家を継ぐ後継者のみに課される稽古なのかもしれない。

 それを俺にも施してくれる気な訳か。

 だいぶ太っ腹だが……いいのだろうか?

 そんなことを考えながら、その場に残る龍輝と咲耶に手を振って武道館の外に出た。


「……どこに向かっているのですか?」


 俺が重蔵に尋ねると、彼は答える。


「これから向かうのは、東雲の敷地内にある洞窟だ。《魔洞まどう》と読んでいる」


「それって……」


 聞いたことのない単語だ。

 首を傾げる俺に、重蔵は続けた。


「察しているかもしれんが、本来なら東雲本家の血族しか入ることが出来ない場所になる」


「いいのですか? 俺がついていっても」


「構わんだろう。本家の血族しか入れないのは、別にただの意地悪とか差別とかではないからな。ある程度以上の真気がなければ危険だから禁じているに過ぎん。それに見合う力があるのなら、血族かどうかは本来どうでもいいことだ。ただ、それほどの力を持つ気術士は同格の血筋しか有り得んからな……他の四大家から人を招き入れることは少なく、またそうであっても我々の修行について来れる人間は滅多におらん。史書を紐解けば何人かはいたようだが……それも百年に一人二人いるかどうかだ。だが、わしの代はどうやらその点、恵まれているようだな。いずれ、龍輝と咲耶も連れてくることになるだろうて」


「なるほど……」


 嬉しそうにそう言う重蔵は、意外だった。

 強くなるための手段を自分だけで独占する、みたいな感覚は一切ないらしい。

 まぁでも、昔からそう言うところはあるか。

 強いやつと戦うことがこいつの人生の主目的なので、他に強い奴が現れるのはこいつにとって幸福な話なのだ。

 そのために出来ることがあるのなら、むしろ率先して提供すると言うことだろう。

 俺も……そういえば、昔は重蔵に修行に連れ回された時期があったな、と唐突に思い出す。

 と言っても、十歳くらいの話だ。

 今の俺と同じくらいの年齢の時か。

 その頃は、まだ俺の無能さ……真気を外に出せない、と言う問題があまり顕在化していなかった。

 十二、三歳くらいまでに出来るようになればそれでいい、と言うくらいの感覚があるからな。

 まだ大丈夫、と思っていた時期だったわけだ。

 重蔵もそう思っていて、だから俺を強くしようとしたのか、結構危険な場所を連れ回した。

 妖魔がよく出現すると言われる地域や森などをな。

 あの頃は……そう、意外と楽しかった。

 楽しかったんだ……。


「……着いたぞ!」


 そう言われて、俺は、ハッと意識を戻す。

 見ると、目の前には妖気漂う洞窟の入り口があった。

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