第101話 訓練

 ──ジリリリリ!!


 という音が、部屋の中に鳴り響く。

 手を伸ばすと、そこに震える目覚まし時計があることを感じる。

 スイッチを止めて、少し冷える中、体を伸ばし起きる。

 障子を開いて外の空気を部屋の中に入れると、まだ当たりが薄暗いことをがわかった。


「……はぁ、まだ四時か。でも起きないとな……ほら、龍輝! 起きろ!」


 同じ部屋で寝泊まりしている龍輝の体を布団ごと揺すると、


「……まだいいだろぉ……何時だと思って……親父……」


 と寝ぼけて言う。

 どうやら龍輝は家では父親に起こしてもらっているらしい。

 意外だな。

 使用人とかに起こしてもらっているのかと思ったが。


「寝ぼけるな! ここは東雲家だぞ! あと三十分したら走り込みが始まる! さっさと目を覚まして着替えないと!」


 俺が耳元で軽くそう叫ぶと、ビクッ、として、やっと龍輝も思い出したのか、


「そっ、そうだったっ! 今何時だ!?」


 と飛び起きる。

 そんな龍輝に俺は言う。


「四時だよ。遅れると走る距離が伸びるからな。今日はいいが、明日は気をつけろよ」


「お、おぉ、悪い……ってか着替えないと!」


 そこからドタバタして俺たちは準備を終え、部屋を出る。

 東雲家の修練場はもちろん、敷地内にあって、下手な学校の運動場よりも広い。

 屋外と、屋内用の武道館とがあって、まず朝の走り込みは外で行う。

 これは雨の日もである。

 冬場は雪が降っていてもやるというから、その気合いの入り方は他の家とはレベルが違う。

 四大家の中でも、最も武人気質の生活を常日頃から送っているのは、やはり東雲家だと言えるだろう。

 修練場にたどり着くと、そこには既に東雲家の気術士たちが揃って隊列を作っていた。

 やはり男性が四分の三を占めているが、四分の一は女性で、その最後尾にはしっかりと咲耶がいる。

 俺たちに気づくとアイコンタクトをして微笑んで見せた。

 俺たちもそれに視線を返すが、時間もないのでさっさと列に並んだ。

 ちなみに、最前列には重蔵がいる。

 薙人は俺たちの前にいるな。

 

「よし、揃ったな。では、走り込みを始める!」


 重蔵がそう叫び、列が動き出した。

 隊列は一糸乱れぬ様子で、一定の速度で走り続ける。

 ちなみにこの訓練では、真気の使用は禁じられている。

 あくまでも体力をつけるためのものだからだ。

 真気は多く持っていれば持っているほど、自らの身体能力を強化できるが、それはあくまでも掛け算であって、ゼロにいくら数字をかけてもゼロなのは変わらない。

 そして、可能な限り素の体力を強化しておけば、身体強化した場合の能力にも期待できる。

 だから、東雲家では真気とは関係のない、本当に素の体力作りをまず重視する。

 他の家ではこういうことをしない、というわけでもないのだが、ここまで徹底的にやることはない。

 それよりも、真気の扱いの方に時間を割くからだ。

 真気というものは人生を賭して修行してもその真髄を掴める日は来ないと言われるほどに奥深いものだから、かけられるだけ時間をかけたいというのが気術士たちの本音だからだ。

 それにも関わらず、体力重視の東雲家は、他家から見ると異様とも言える。

 だが、それでも確実に結果を残しているから、これが間違っているとは言えない。

 真正面からの妖魔との戦いで最も強力なのは、東雲の戦士たちだからだ。

 その筆頭が重蔵で、どれだけ走っても息が上がることはないようだ。

 七十をいくつも超えてあれなのだから、尋常ではないよな……。

 今でも彼は五十代にしか見えない。

 やはり強力な真気を持つ気術士というのは、ほとんど人外であり、その筆頭であるだけあるなと改めて感じた。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 走り込みが終わり、地面に突っ伏す龍輝。

 真気無しにしては頑張った方だが、途中で前方とはどんどん距離が出来てしまったのは言うまでもない。

 修練場を何周もする形での走り込みだったから、何周差がついたかわからないが、それでも重蔵が「やめ!」というまで足を止めなかったのは小三にしては根性がすごい。

 咲耶も似たようなものだが、やはり足を止めることはなかった。

 ただ……。


「では、武道館に移り、素振りを行う!」


 と重蔵が言った。

 そう、訓練は当然ここで終わりではない。

 走り込みはあくまで、ただのウォーミングアップなのだ。

 

「ほら、龍輝。行くぞ」


「はぁ、はぁ……お前、よくそんな余裕があるな……」


「俺は何度もやってるからな。自主練もしてるし。お前も慣れるよ、そのうち」


「……慣れたくはないが……これで強くなれるんなら、仕方ねぇか……」

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