第100話 大封印
──ギィギィ。
と、東雲家本家屋敷の板張りを歩いていると音がする。
鶯張りだろうか。
いつの時代に建てられたものなのかは分からないが、かなり古いものであることは分かる。
ただ、手入れが行き届いていないということもなく、床も壁も柱もよく磨かれてピカピカだ。
埃ひとつ落ちておらず、またそこを行き交う人々も礼儀正しい。
最前を重蔵が、その後ろを薙人が、そしてさらに後ろを俺たち三人がついていく格好だが、重蔵だと察すると向こうから来た人は一礼して行く。
その度に重蔵は鬱陶しそうに、
「そういうのはいい。それよりも修行だ。お前は踏み込みが甘いから下半身をもっと鍛えろ」
とか、そんな一声をそれぞれにかけていく。
意外にも重蔵は、家中の人間のことをよく見ているようで、使用人扱いすることもなく、あくまでも修行仲間、と言った感じの距離感で話していた。
もちろん、向こうからすれば重蔵は東雲家のトップであるから、頭を下げざるを得ないわけだが、それもまた、渋々とか、礼儀だけで、というわけではなく、仕草や視線に尊敬の色が見えた。
敵ながら、しっかりと東雲家の頭領としてやってるんだな、と言わざるを得ない。
まぁ、この点は俺がここに通い始めた時から変わらない事実であるから、今更ではあるが。
そんな中、
「ん? なんだあの、でかい石」
と、龍輝が中庭にある巨大な石を見て呟いた。
見れば、三メートルほどの大きさの巨石がある。
また石には複雑な紋様が描かれ、ただの鑑賞物とは思えない。
だからこそ、龍輝も尋ねたのだろう。
咲耶も興味深そうに見ていて、俺が説明するかどうか迷ったが、重蔵が口を開いた。
「あれは大封印の一つ……だったと言われるものだな」
「だった?」
咲耶が首を傾げて尋ねると、重蔵は足を止めて続ける。
「あぁ。お前らも知っているとは思うが、日本各地には強大な妖魔を封じたとされる大封印がいくつかあるだろう?」
「はいはい! 大妖狐玉藻前に、鬼神大嶽丸、
薙人が祖父にいいところを見せようと思ったのか、そう叫ぶ。
重蔵はそんな薙人の頭をぽんぽんと軽く撫で、
「その通りだ。その三つの妖魔については、大封印の場所も、そして確かに封印が稼働しているところもはっきりしている。だが、ここにある封印はな……」
「動いていない、ですね」
俺が続きをとってそう言うと、重蔵は頷く。
「そういうこった。お前たちなら見れば分かるだろうが、あの大封印石からは真気を感じない。また、妖気もな。普通、大封印で封じられているような大妖ってのは、封印の中からすら、妖気を漏れ出させてるもんだ。だが、ここの封印にはそれすらもない。つまり、もはやあの封印は機能していないことを意味する」
「ってことは、封印、解けちゃったのか?」
龍輝があっけらかんとした声で尋ねる。
普通なら出来ないことだ。
何せ、この封印石は東雲家のど真ん中にある。
つまり、封印が解けてしまったということは、東雲家の能力のなさを指摘するに等しい。
だが、重蔵は別に怒りもせずに答えた。
「それがわからんのだ。わしがガキの頃から、ここはすでにこの状態だった……。かといって、うちの秘伝の史書にもこの封印についての記載はさっぱり見当たらん。もしもこんな封印を施された妖魔がいたとしたら、封印が解けたら暴れ回るだろうに決まっているし、そうであれば東雲家の屋敷は崩壊していないとおかしいことになる。だが、この屋敷は特に壊れてはいない。修復の跡も常識的な範囲でしか確認できなかった。だから、擦り切れて消滅してしまったんじゃないか、という話だ」
「消滅……確かに、寿命のほぼない妖魔とはいえ、擦り切れて消えることはあるとは聞きますが……」
咲耶がそう言った。
これは事実で、妖魔は人と比べればその寿命はないに等しく、何百、何千年と生きながらえることもある。
ただ、永遠を保証されているわけでもなく、他の妖魔に食われたり、また妖気を補充できずに擦り切れて存在を消滅させてしまうこともよくある。
封印は外部からの気の流入を極端に制限するから、場合によっては存在を維持できなくなり、そのまま消滅、ということも原理的にはあり得る話だ。
だが、こんな強力な封印をされる妖魔にそのようなことがありうるかは微妙なところだ。
重蔵はその点に深く触れることなく、
「まぁ、今確認できるのは、ここの封印が動いてねぇってだけだ。考えてもわからんことはわからん。さぁ、行くぞ」
そう言って歩みを再開する。
俺たちはなんとなくすっきりしない感覚がしたが、確かに考えてもわからないことはどうしようもない。
そう思って、重蔵の後について行く。
******
後書きです。
百話到達しました!
また、いつの間にか、作品フォロー7000突破、星3000突破しておりました。
今後も頑張っていきます!
もし、よろしければ、
下の方の☆☆☆→★★★にしていただけるとありがたいです!
よろしくお願いします!
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