第103話 幻術の修行場

「……物凄い妖気を感じるのですが、入っても大丈夫なんですか?」


 《魔洞》を前に、俺が重蔵にそう尋ねると、彼は頷いて答える。


「問題ない。中に妖魔がいるわけではないからな」


「しかしこの妖気は……」


「その理由は、中に入って仕組みを知れば分かる。行くぞ」


 重蔵はそう言って、ずんずんと何の迷いもなく先に進んでいく。

 薙人ですら、気軽な足取りである。

 俺が怖気付くわけにもいかなかった。


 中に入ると……。


「これは……凄いですね。一面に見えるのは、妖昌石ようしょうせき……?」


 《魔洞》の中は、入り口の小ささからは想像もできない、巨大な半球状のドームとなっていて、広さもかなりある。

 流石に東京ドームほどとは言わないが、さっきまでいた武道館くらいの広さはあるな。

 数百人が入ってここで修行しても余裕があるくらいだ。

 ちなみに、妖晶石というのは、ドームの壁一面にキラキラと輝く、紫色の水晶のことだ。

 あれは普通の水晶、石英とは全く異なる物質で、古い妖魔たちの妖気が、長い年月を経ることで凝り、物質として形を得たものと言われる。

 使い道はかなり多く、これだけでもひと財産だと言っていい。

 しかし、東雲家はこれを採掘する気はないようだ。

 まぁ、霊石と使い道がかなり被っているし、妖魔を倒して得られる霊石が十分に供給されている状況であえて採掘する意味もないのかも知れない。

 そもそもが東雲家は資産家だしな。


「あぁ、壁一面が全て、妖晶石に囲まれている。どうやってここの妖晶石が形成されたのか、それははっきりしていないが、本家中庭の大封印石などから察するに、この土地を古い時代、ねぐらとしていただろう大妖魔やその手下どもの妖気が凝ったものなのだろうな。できることなら、その時代に生まれてやり合いたかったものだが……」


 残念そうな様子で、重蔵がそう呟く。

 流石に脳筋というか、戦闘に全てを捧ぐ家の当主だけある。

 大妖魔など、頼まれたって戦いたくない、と考える気術士が大半であるというのに。

 もちろん、目の前に現れたら、気術士の使命として戦うけれども、可能ならば避けたいものだ。

 何せ、普通の気術士では勝てないどころか、肉壁にすらならないような存在、それが大妖魔と呼ばれるほどの妖魔だからだ。

 それでも戦いたいのが、重蔵なのだろうが……こういう勇気は尊敬すべきところかもしれなかった。


「まぁ、無理なものは仕方がない。それよりも、今はここの活用法だな」


「ここって一体どういう活用法が?」


 俺が尋ねると、薙人が言う。


「敵が出てくるんだぜ!」


「……どういう意味だ?」


 首を傾げる俺に、今度は重蔵が説明する。


「この洞窟に大量に張り付いた妖晶石は、洞窟内部にいる人間の思念を受け取り、ある種の幻術にかけてくるのだ。もちろん、ここに妖魔などおらんから、厳密にいうならば、この場そのものが、幻術として機能している、という方が正確だろうが。言葉だけだと分かりにくいだろう。まずは、慣れている薙人にやらせるから、それで理解するといい」


 重蔵がそう言って薙人に視線を向けると、薙人はドームの中心に向かって歩き出す。

 そこに辿り着くと、念じるように目を瞑った。

 そして……。


「……っ!? あれは……」


「うむ。下位妖狼だな。以前、わしが妖狼退治に連れて行ったゆえ、その形をよく覚えていたのだろう」


 薙人の対面で、空気中に浮かぶ妖気が凝り始め、そしてそれが形を作った。

 それが下位妖狼の姿だったのだ。

 あれこそが、場の作り出す幻術……妖晶石が思念を受け取り、敵の姿を再現した、ということか……?

 だが、それだけでは、あまり意味がないのでは。

 俺がそう思ったことを察したのか、重蔵は言う。


「あれは幻術だが、その攻撃は現実に影響する。そう簡単に死ぬことはないが……それでもあれの攻撃を受ければそれなりの傷を、実際に負うぞ」

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