第98話 子孫繁栄

「……そうは言っても、時雨家と縁を結びたい、というお家はいくつもあるのですけどね」


 咲耶がそう言った。


「そうなのか?」


 俺が尋ねると、咲耶は続ける。


「えぇ。なにせ、北御門一門において半ば筆頭とも言える地位を占める家ですから。龍輝のお父様の、辰樹様の武名も高く、また古くから続く家ですから、資産家でもあります。こういってはなんですが、龍輝は優良物件である、と見なされていると思いますよ」


「へぇ……良かったじゃないか、龍輝」


 他人事のように俺が呟けば、龍輝は、


「……それは良かったと言って良いのか? 大体その割には俺には全然話が来ないんだけど……」


 と首を傾げる。

 この点について咲耶は言う。


「おそらくですが、龍輝に話が来る前に、辰樹おじさまが止めていらっしゃるのでしょうね。子供の結婚は当主が決めることですから……」


「でも、少しくらい話してくれても。俺だってほら、可愛い子がいたら考えて……」


 意外にも小三にしてちょっと色気づいているらしい。

 大人の欲望とは違って、淡い奴だろうとは思うが。

 将来こいつが好色とかになったらやだな。

 まぁ、俺より遙かに真面目な性根をしているのでそんな心配はいらないかもしれないが。


 そんな龍輝の言葉に、咲耶は首を横に振って言う。


「気持ちは理解しますけど、婚約を申し出ている家のほとんどが……龍輝よりも十以上、上の方を勧めていると思いますよ。それでもいいのですか?」


 ……これには、なるほど、となった。

 まぁ別に年齢なんて関係ないと言えば関係ないだろう。

 俺の前世の時代なんて、それこそ五十くらいの気術士の家に二十代の女性が入ることだって普通にあった。

 その逆は、気術士の結婚の目的……家の存続を考えると中々に難しいのでほぼなかったが、絶対に駄目というわけでもない。

 あくまでも慣行に過ぎないからだ。

 そもそも、今の龍輝の十個上、となると十九くらいだから、龍輝が高校生くらいの時には二十半ばくらいになる。

 その時から子作りを始めれば、色々な意味でちょうどよくはあるし……。

 などと俺が考えていると、龍輝は慌てたように、


「さ、流石にそれは……。俺なんて子供にしか見られないだろ。実際、子供だし」


 と言う。

 確かにそれはそうだろう。

 咲耶もこれには頷いて、


「そうでしょう? ですから、お話を龍輝に持ってこない辰樹おじさまは正しいと思います」


 そう言った。

 続けて、


「みたいだなぁ……はぁ。俺に許嫁が出来る日は、遠いか……」


 龍輝もそう言ってため息をつく。


「それにしても、どうしてそんなに上の女性ばかり?」


 俺が尋ねると、咲耶は言う。


「まず、単純な事情としてそのくらいの年齢の気術士の男児が少ないというのがありますね。私も詳しくは知らないのですが、十年ほど前にあった騒乱で、かなりの数の子供が亡くなったと聞きます。特に男児の被害が大きく……」


「あぁ、妖魔の大規模な襲撃があったんだったか」


 十年くらい前、ということでつまり、俺たちが生まれる前のことだな。

 妖魔が気術士を狙って大勢で押し寄せてきたことがあったという。

 その時に狙われたのが、気術士の男児だ。

 当時は気術士の男児は実戦に早めに出して教育するという志向が強く、それがためにそこを狙われたという。

 妖魔が組織だった動きを見せることは滅多になく、そのための油断もあったらしい。

 そして残念ながら、かなりの数の男児が各気術士家で殺されてしまった。

 女児については、逆に家にいるべき、という考えが強かったお陰でほとんど生き残ったようだが、結果として、龍輝に婚約を申し出るくらいには余ってしまったと、そういうことのようだ。

 考えてみると、俺と同世代の子供というのは気術士家に多いが、これは減った男児の数を補おうとして各家で子孫繁栄に励んだと言うことだろうな。

 まぁ十年も経てば、問題ない数に戻るだろうという感じである。

 そもそも気術士家にとって、そういう襲撃とか騒乱とか、そんなものはありふれていて、対応策も常に考えられているところではあるからな。

 そもそも殺されるようにするな、という話ではあるが、気術士は戦って死ぬものだ、という感覚は当然の如く皆、持っているのでそこについてはさほど気にしないという一般人から見るとズレた死生観を持っているので仕方がない。


「……まぁ、子孫繁栄の話はいい。龍輝の許嫁もそのうち出来るだろ。咲耶の方でも見繕ってやったらどうだ」


「では、そのように」


「お、期待してるぜ……で、東雲家の合宿についての話に戻るけど、俺も参加するからな」


「いいんだな?」


「もちろんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る