第95話 消息

「……どうしたもんかねぇ」


 家に戻ってきて、自室でそんなことを呟くと、俺のベッドで漫画を読みながら寝転がっていた澪が、


「どうしたんじゃ?」


 と尋ねてくる。

 あれから数年経ち、澪の姿も変わっている。

 俺が三歳くらいの時に、五、六歳くらいの見た目だったので、今では十一、二歳くらいだな。

 少女から大人に変わりつつある雰囲気をしているが、これはあくまで見せかけだ。

 彼女の本当の年齢は百歳前後であり、見た目など自由自在に変えられるものに過ぎない。

 ただ俺と一緒にいるから、人としての振る舞いは俺と似たようなものになっている。

 ペットは飼い主に似るというが、式鬼も同じということだろうか。

 そんな彼女に俺はかい摘んでさっきあったことを説明する。


「……というわけでな」


「ほう、新しい部隊とな。面白そうではないか。婆娑羅に入ったはいいが、命令に従って妖魔を倒してるだけで変わり映えがしないとこの間言っておったし」


「まぁそれはそうなんだけどな」


 この数年で澪とはすっかり打ち解けてしまって、ほとんど姉弟みたいな関係になっている。

 一応、俺が年齢的に弟だが、どっちがしっかりしているのかは微妙なところだ。

 妖魔関係に詳しいのは当然、澪だが、人の間で生きていく術については俺の方が常識を知っている。

 持ちつ持たれつの関係というのが一番正確だろうか。

 

 澪に話した、婆娑羅での変わり映えのしない生活、というのは事実で、婆娑羅に入れば色々と面白いことに関われるんじゃないか、みたいな機体があったが、それは見事に裏切られている。

 ただ、術具作りのための素材集めとか、霊石収集、それに咲耶や龍輝の実戦的な訓練という意味では非常に有用ではあるのだが……若くて反抗心のある人間が集まった組織、という触れ込みの割には硬直的なところが目立つ。

 まぁ、それも創立から三十年も経っていることを考えると納得感はあるのだが。

 それでも零児や彼の上司である第九席などの比較的若手が、色々とやろうと動き出したのはいいことだと思う。

 そこへの参加を打診されたことも、悪くない。

 悪くはないが……。


「……仕事に忙殺されると困るところがあるからな。南雲一朗の行方も分からないままだ。お前にも申し訳ない」


 そう、かつて澪に《呪い疵》を刻んだ南雲一朗だが、いつの間にかその姿を見なくなっていた。

 あれから俺は、咲耶の婚約者として四大家本家の人間が出席するパーティーなどに頻繁に顔を出し、南雲一朗の様子を見たり、話したりして、彼の状況をいちいち澪に報告していた。

 最初の方は脂汗くらいで済んでいた彼だが、徐々に疵が体を深く蝕んでいったのか、立てなくなり、最後には車椅子姿だったのを覚えている。

 そこまで至るとちょっと同情の念も湧かないでもなかったが、だからと言って解呪してやる気には当然ならなかった。

 それこそ人を呪わば穴二つ、を自ら体現しているだけなのだからな。

 全ての責任は彼自身が取るべきとしか思えなかった。

 とはいえ、詳しい事情は知りたいという気持ちもあった。

 なぜ、澪に呪いなどかけたのか。

 本当に素材が目当てだったのか。

 それとも何か他に事情や理由があったのか……。

 いずれ聞き出すために、それなりの交流はしていたのだ。

 意外にも、普通に話すだけなら、彼自身の人格は悪いものではなかった。

 むしろ、かなり好印象だったと言える。

 子供でも侮らずに話してくれるし、目線も合わせてくれるような感じだった。

 それだけに余計になぜ、呪いなどと不思議になっていったが、聞ける機会は中々訪れなかった。

 そんな矢先、彼の姿をパーティーなどで見かけなくなった。

 今となっては生存しているのかどうかすら分からないが……やはり《呪い疵》が魂まで蝕んでしまったのだろうか?

 だとすれば非常に残念だが、澪としてはそれならそれで満足なようだ。

 彼女は俺に言う。


「なに、あれから数年、奴の苦しみ続ける様子を聞けたのだから、構わんよ。あるいは、そろそろ解呪してやっても構わんとすら思っていたくらいじゃ」


「そうなのか?」


「わしは一年くらいで死ぬじゃろうと思っていたからのう。根性に免じて、というところじゃった。じゃが、死んだのであれば……。しかし、結局なぜわしを狙ったのかは分からず終いなのは残念じゃの」


「それは俺も思うな。いや、絶対に死んだというわけでもない。今でも生きている可能性はある」


「生きていれば、聞いてみたいもんじゃな」

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