第90話 とある婆娑羅会メンバーの経験(前)
「……くっ! 符術《
月も輝かぬ真っ暗闇の中、私、
すると、符は確かに暗黒の奥から私を追いかけてきていた存在──妖魔に命中し、朱色の炎を上げて爆発する。
爆発の直後、
『ギャァっぁああ!!!』
と、不気味かつ恐ろしげな金切り声が鳴り響き、その少し後に何かが倒れるような、どしゃり、という音が耳に響いた。
どうやら、なんとか目標を倒すことができたらしいとそれで理解する。
ただ反省点として、非常に焦っていたため、符に込めた真気が不十分だったからか、符術の発動が中途半端だった。
あれは本来、火炎が獏の形を形づくり、そのまま巨大な砲弾のように目的に対して体当たりする術なのだが……。
いや、それでもなんとか倒すことができただけ、マシというものか。
気術士の中でも若手やはみ出し者が実力主義を求めて集まる集団、婆娑羅会に所属して一月。
日々、尽きることのない妖魔との戦いにも慣れてきたつもりだったが、まだまだということらしい。
婆娑羅会は気術士、特に現状の気術士界に不満を持っている若手に人気の組織で、所属するためには厳しい試験を突破する必要がある。
つまり、所属出来た時点で、十分な実力を保証されていると言える。
それなのに、この程度の妖魔に苦戦していては……。
先輩たちは更に強力な妖魔とも落ち着いて叩くというのに、自分の不甲斐なさが悔しい。
しかしだからと言って悲観すべきでもない。
ここで私は、たくさんの妖魔を倒し、そしていつか十席になるんだから……!
そう思って、頑張っている。
けれど、そういった身の丈を超える夢を抱いた者は、強者に簡単に蹂躙されてしまうのだということに、私は気づいていなかった。
それは突然やってきた。
「……?」
ふっ、と背後に気配を感じ、私は慌てて振り向く。
すると、
「……あぁっ!!」
急に背中に強力な衝撃を受けて、私は吹き飛ばされる。
そのまま、近くにあった廃屋の壁にぶつかり、壁にはヒビが入る。
普通の人間であれば死んでいるだろう衝撃だが、気術士には身体強化系の技法がいくつもあり、筋力のみならず、耐久力も一般人と比べて隔絶したレベルにまで上昇させることができる。
しかし、そんな技法を施していた私の肉体を持ってしてすら、ダメージは決して小さくはなかった。
いや……。
右腕は……折れたか。
左腕はなんとか無事で、両足も動く。
背中にはかなりの激痛があるが、立ち上がれないほどではない。
そもそも、ここで立ち上がらなければ、私は死ぬだけだろう。
立て……力を振り絞って、立て。
自分に言い聞かせながら、体に力を込める。
そして、なんとか立ち、前方を見つめた。
土埃が立ち込める中、それが晴れると、そこにいたのは、巨大な鬼だった。
「……
鬼族は、妖魔の中でも強力と言われる種族で、下位の鬼ですら、他の妖魔の中位に匹敵するほどの力を持つと言われる。
実際、戦ったこともあるが、私でもギリギリなほどに強かった。
身体能力が恐ろしいほど高い上に、妖術にも長けた万能の種族であり、しかも賢い。
それの中位ともなれば……ベテランの気術士が必要になってくるほど。
婆娑羅会の人間とはいえ、新人に過ぎない私が相対するにはいくらなんでも相手が悪過ぎた。
「でも……やるしかないよね……!!」
逃げるという選択肢も、あるのかもしれない。
だが、逃げ切れる可能性は今ここではゼロだった。
それにここは市街地に近い。
見逃せば一般人に被害が出るかもしれず、それを考えると逃げるということは私には出来なかった。
例えここで殺されるとしても。
少しでも時間を稼げば、そして派手な音を立てた戦闘をすれば、先輩たちの誰かが駆けつけてくれるかもしれない。
そうも思った。
だから……。
「……符術《
符に真気を込めて、投げる。
それは中位鬼の目前、地面に命中し、その場にある土を盛り上げ、硬化させ、無数の岩の槍の波と化して鬼に襲いかかった。
あれが当たれば、なんとか時間稼ぎくらいは……!!
そう思ったのだが、中位鬼は軽く、手に持った金棒を振ると、私の放った符術による岩の槍を一撃で払ってしまった。
「……嘘でしょ……《火炎吼》!《砕地波》!《
それでも鬼がその場か動かずじろりとこちらを眺めるだけなので、私はいくつもの符術を連続して放つ。
真気の込めが不十分でも、素早く投げ続けるしかなく、しかしそれでも……鬼はつまらなそうな顔でそれらを払った。
「……え」
そして、気づけば、中位鬼は私の眼前にまで来ていた。
どうしよう、どうすれば。
絶望を感じながら見上げていると、鬼の金棒が振り上げられる。
ここで……終わりなの?
惚けたような顔でそう思った私。
けれど。
──ガガァン!!!
という音が鳴り響き、私は金棒に潰され……なかった。
咄嗟につぶった目を開くと、どうやら、私は誰かの胸の中にいた。
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