第89話 夢野の卒園
三人の園児が、車に乗って帰っていく。
私、
「……やれやれ。物凄い三人組だったね、夢野くん」
園長が若干のため息をつきながらそんなことを言う。
「本当に。ですけど、彼らがいたから助かったことも多かったです。幼稚園にこれほど妖魔が襲撃してきたことは今までなかったのでしょう?」
この三年間、竜生幼稚園には妖魔の襲撃が年に三、四度ほどあった。
それを撃退してきたのは私や園長など、園に常駐する気術士だったが、思いの外、強力な妖魔が複数現れることもあり、それなりの被害を覚悟しなければならないようなタイミングもあった。
そういう時に活躍したのが、武尊たち三人だ。
本来、守るべき対象である彼らに戦わせるなどあってはならないことだが、彼らは結界室からそういう時、密かに出てきて妖魔を倒してしまうので止めようもなかった。
そして、なんの損害もなく切り抜けてしまうのだ。
ほぼ私のもつ技術全てを教え込んだ弟子たちだが、もはや私より強いのではないだろうか。
なぜか私のことを師匠と慕ってくれるため、一応、我が家門の技法を収めたことを証する皆伝証も卒園証と一緒に渡しておいたが……彼らにそんなもの必要だったのかどうかわからない。
まぁ嬉しそうだったからいいのだが。
そういうところは意外にまだ子どもなので、なんだか妙に可愛いところもある。
いや、年齢を考えると何もおかしくないのだけど。
「少なくとも、私がこの幼稚園の園長になってからは初めてのことだ。やはり、各地の結界に緩みが出ている、というのは本当のようだね」
「結界ですか……」
一般人は全く知らないことだが、世界には強力な妖魔を封印した結界地、と呼ばれるものがいくつもある。
有名どころではいわゆる九尾の殺生石などだが、あれも割れてしまったのは結界の緩みの故だと言われている。
九尾など、強力な封印石といえど、一つ二つでは封印できず、表に出ているような殺生石一つが割れただけでは本体が現界することはないが、それでも早々に結界の強化が必要だ。
そういった事態が、日本国内で数件報告されていて、それが故に妖魔たちの動きが活発化しているという話がある。
妖魔はどこにでもいてどこにもいないと言われるが、普段は私たち気術士から姿を隠していることが多い。
けれど、強力な妖魔が現れると、それに呼応して姿を現すことが多くなる。
その理由は、強力な妖魔の手下だからとか、操られているからとか言われることが多いが、正確なところは分かっていない。
妖魔というのは、人類の敵だと気術士はいうが、本当のところは、その正体すらはっきりと知らないところがある。
彼らに対する我々の知識はひどく薄い。
それでも長年の戦いでわかったことは数多くあるが……。
「各地の大結界の強化は気術士の悲願だ。しかし、古い時代に作られたそれらは、現代の気術士にとってはブラックボックスすぎて、その試みは芳しくない。南雲家の最新の技術でもってしても、同性能のものはつくれないというのだからな。五十年以上前の妖魔の首魁、あの封印が、南雲家が成し遂げた最大最強の結界だが……あれも再現できていないらしい」
「北御門のご令息がその身を犠牲にしてその機会を作ったという、あれですね。あれだけの結界を作り上げられたのは、南雲家の慎司様も必死だからだったからだとおっしゃっていますし……」
気術士の歴史において、最大の戦いだ。
そしてそこにおいて自らの死を厭わずに戦った北御門尊様は、今でも英雄として語り継がれている。
彼の犠牲を無駄にしないためにも、私たち気術士は妖魔から人類を守らなければならないのだ。
「人の、自らの身すら厭わず本気になった時の馬鹿力というのはとてつもないものだと思うよ。もちろん、気術士とはいえ、誰も死なない方がいいがね。そのためにも、私たち教える側は、生き残る方法も伝えていかなければ……っと、君は四月から幼稚園教諭ではなくなるが……」
「いえ、私も、ここで過ごした三年間の経験は貴重でした。自らの技術の研鑽、研究も進みましたし……」
「あの三人のお陰でか」
「ええ。特に武尊は……むしろ私の方が教えられたことも多いです。どちらが師匠かもう分かりませんよ」
「教える者は教えることで教わっているということもあるが……」
「それもありましたね。咲耶と龍輝の二人はやはり他家の技法に苦戦しているところもありましたが、それを噛み砕いて教えるうち、自分の技術の発展もありました」
「……そういう意味でも幼稚園教諭というのは面白い仕事なわけだが、気持ちは変わらないかな?」
「申し訳ないですが……」
「いや、詮無いことを言った。今まで本当にありがとう。卒園式で園児たちに言ったことでもないが、君も、うちの人間であったことはこれからも変わらない。いつでも困ったことがあったら訪ねてきなさい」
「……はい。ありがとうございます。今まで、本当にお世話になりました」
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