第84話 異変
「……いえ、そんな。私たちも楽しく過ごせておりますので……」
と咲耶が言うと、辰樹は続けた。
「君たちも見る限り、相当な真気をその身の内に秘めているから分かっているかもしれないけれど、龍輝はどうにも同年代からは避けられがちでね。友人と言えば従兄弟の零児しかいなかったんだ。こればかりはそれなりの家に生まれた気術士の子供の宿命だから、ある程度の力をつけ、真気の圧力を抑えられるようになるまで仕方がないことだと思ってたんだけど……これが、幼稚園で二人も友人が出来たという。僕の方が驚いてしまったくらいだよ」
やはり、龍輝もそのような問題を抱えていたのか。
とはいえ、幼稚園に来る前だから、三歳の時までの話だ。
それでも気術士の家門というのは、家門でまとまっていかなければならないから、同年代の子供がいれば交流は持たせようとする。
その結果、龍輝も怖がられたり、避けられたりしたことがあったのだろうな。
「龍輝は良い奴ですよ」
俺がそう言うと、辰樹は笑って、
「そう言ってくれると嬉しいね。ちょっとばかり、僕の息子にしては粗野に育った気もするが……」
そう言ったが、俺は首を横に振って答える。
「口調とかはそういうところがありますけど、行動を見るとむしろ僕たち三人の中で一番穏やかなのは龍輝です」
これは事実だ。
人形術などを使った模擬戦になってくると、龍輝といえどもヒートアップして来るが、そうでもない時は基本的に冷静だ。
模擬戦の中でも、前に出すぎる感じなのはむしろ咲耶の方だった。
俺はその辺り、前世の経験で抑えられるが、二人とも経験不足であるから、そこを考えると二人のそういうところは、本来の性格的な部分に起因しているのは想像に難くない。
結構意外なんだよな。
まぁでも、咲耶の方が負けず嫌いな性格をしているのは事実なので、そう考えると順当でもある。
辰樹は俺の言葉に意外そうな声で、
「へぇ、そうなのかい? それは意外……でもないのかな? 確かに家で僕と一緒にいるときの龍輝はかなり大人しいし、聞き分けも良い。僕の前だから萎縮しているのかもと思っていたが……本来の性格なのかな」
「そうだと思います。人形で戦うときも龍輝はよく考えますし」
俺がそう言うと、辰樹は首を傾げて、
「……ん? 人形?」
と言ってきたので、あぁ、これはまだ知らないのか、と察する。
美智には既に俺が報告しているし、零児の方からも美智に話が入っていると聞いていたから、てっきり辰樹の耳にも入っていると思ったが、そうでもないようだ。
これは言っておいた方が良いな、と思って俺は口を開く。
「幼稚園で気術を色々と教えて貰ってるのですが、その中で……」
と言いかけたところで、
「……!? ちょっと揺れるよ」
辰樹がそう言って、ハンドルを思い切り切った。
すると、
──ドガァン!!!
という爆発音が背後に聞こえる。
窓の外を見てみれば、そこには爆炎が見えた。
「あれは……!?」
咲耶が尋ねると、
「おそらくは妖魔か……もしくは邪術師かもね。やっぱり今日の親睦会の事は知られているから……それでも会場周りの護りはしっかりしてるから近づけなかったのだろうね……」
邪術師、というのはいわゆる堕ちた気術士のことだ。
この場合の堕ちた、というのは気術士としての使命からドロップアウトしたような奴らだな。
その意味では正直、重蔵達もそっち側だと思ってしまうが、陣営として四大家は邪術師ではない。
邪術師たちは、個人で活動している場合も、組織を作っている場合もあり、その目的は様々だが、中には気術士の壊滅を目論む人間・集団もいる。
ただ、この攻撃が邪術師のそれなのか、妖魔のそれなのかは今の段階では判断できない。
妖気も真気もさほど感じられないからな……隠密系の技法をどちらにしろ使っているのだろう。
気術による気配察知を広げれば俺には分かるだろうが、それをすると辰樹たちに色々感づかれる恐れがある。
とりあえずは、咲耶と俺にだけ結界を張り、辰樹たち大人の気術士のお手並み拝見と行くことにする。
もしもの時は加勢するつもりでいればいいだろう。
そして、しばらくスピードを上げた車が進むと……。
「……ここまでやるということは、妖魔ではなさそうだね」
辰樹がそう言って、車を止めた。
止めざるを得ないからだ。
正面には大型トラックが横転しており、完全に道を塞いでいた。
背後には……迫ってくる気配もある。
確かにこれは真気の気配であって、妖魔のそれではないな。
辰樹はため息をついて、
「……関田。二人に結界を。僕は出てくるよ」
そう言って車の扉を開き、外に出た。
すぐに車のロックが閉まる。
車自体がかなり強力な結界を持っている作りなので、その方が安全と判断したのだろう。
辰樹が車の外に出ると、襲撃者が姿を現した。
そして、やはり、それは人間のようだった。
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