第82話 麗華の事情

「……よし」


 重蔵はそう言って俺の肩を叩く。

 俺が首を傾げて、


「……なんですか?」


 と尋ねると、彼は言った。


「お前、今度うちに来い。剣を教えてやる……あぁ、美智の奴にも話は通すから安心しておけ。うちに所属を移せなんてことも言わん」


「え……」


 あまりにも意外なその台詞に俺は何度も言えない気持ちがする。

 それは俺だけではなく、重蔵の後ろで大人しくしていた薙人も同様のようで、


「えっ、な、なぜこいつを!? こんなやつ……!!」


 と激高気味に言うが、重蔵はギロリと薙人を睨み、


「……“こんなやつ”かどうかは、実際に戦ってから決めろ。剣も合わせずに相手のことが分かるものか」


「で、ですが……」


「こいつが来たら、お前とも戦わせる。その時までにせいぜい腕を上げておけ。負けたら……フッ。まぁ、そんなことはないと思うが」


「当たり前です……!」


 拳を握ってそう言う薙人の顔には、何か妙な気合いが入っているように感じた。

 うーん……。

 まぁ別に憎しみというよりかは……前向きな敵愾心?のようなものに思えるから、別に不快ではないな。

 咲耶のことも眼中にない感じだ。

 色恋が全てのタイプでもないようだな。

 そんな薙人の様子を見て、重蔵は満足げな顔で、


「よし、その意気だ。というわけで、よろしく頼む……ええと、武尊と言ったな?」


 そう言って、俺に視線を移した。


「……はい」


「では武尊も頼む。北御門の嬢ちゃんは……」


 どうする?

 と視線で尋ねる重蔵。

 咲耶はそれに、


「……私の居場所は常に武尊様の隣です。その時は、共にお伺いさせていただきます……あくまでも、おばあさまの許可があればの話ですが」


 そう言った。

 重蔵はこれに、


「はっ! 若い頃の美智にそっくりだな……いいだろう。その時は歓迎してやる。うちは他の家門よりも荒々しいからな。覚悟してくることだ」


 そう言って、薙人と共にその場を後にした。

 なんだか、うまい具合に孫の教育に使われたような気がしてしまったが……まぁそれはいいか。

 別に薙人の方に恨みがあるわけではない。

 重蔵には恨み骨髄だけどな。

 あいつの戦力やら日々の動きやらを知るのには、悪くない提案だとも思う。

 そんなことを考えていると、重蔵が来てから固まってしまっていた麗華が、


「……はぁーっ! びっくりしたぁ……」


 と言う。

 どうやら大分緊張していたらしい。

 

「なんだ、知り合いか?」


 俺が尋ねると麗華は、


「たまにうちに来るから……」


 と答えた。


「うちって、西園寺家にか。まぁ四大家同士だし、おかしくはないか……で、怖いのか?」


「うん……ちょっとだけ。でもいつも優しいわよ? お祖母さまよりも」


「へぇ……」


 まぁ、今の景子はなんだか優しさとかとは無縁な雰囲気があるからな。

 昔は、少なくとも外面としての優しさはあったが……今の景子は、まるきり権力に酔った女という感じがする。

 実際に権力も実力もあるのだろうから、実力に見合った態度とも言えるが。

 

「そういや、麗華のご両親は?」


「……パパとママは、お屋敷には住んでないの」


「え? それはどういう」


「ええと、お屋敷とは違う家に住んでて……」


 と、ここでよく分からなかった俺が首を傾げると、咲耶が色々とうまく誘導し聞き出してくれた。

 それによって得られた情報を整理すると、麗華の両親は半ば勘当状態にあるようだ。

 その理由は、結婚について、景子の決めたことに反対し、自分の意志を優先してしまったからだという。

 景子の直系は父親の方で、恭介きょうすけということは、美智から聞いていたが、詳しい事情は知らなかった。

 まぁ外部にも言っていないのかもしれないな。

 これは身内の恥になってしまうというか。

 そしてその結果として、麗華の両親は本家には住んでおらず、冷遇されているという。

 しかしそうなると、麗華はなぜ本家に住んでいるのか、という疑問があったが、どうも麗華の才能に景子が目をつけたらしい。

 まぁ確かに麗華に秘められた真気はかなりのもので、四大家本家と言えど、そうそう生まれるものではないくらいだ。

 後継者として定めたのだろうな。

 で、うまくいけば、麗華の両親も本家に戻れる、か?

 うーん、娘を売るみたいに思えてしまうが……。


「……パパとママは、いかなくてもいいよって言ってくれたけど……。偉くなったらパパもママもお屋敷に住めるよってお祖母さまが言ってたから」


「なるほど」


 やっぱり景子はあくどいというか。

 あいつ死ぬべきだな。

 そうすれば西園寺家も平和になって万々歳ではなかろうか?

 そう思ってしまった俺だった。

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