第80話 大物

「あっ、あちらのマカロンが美味しそうですよ、麗華さん。もらいに行きましょう」


「そうね! 私甘いもの大好き!」


「私もです。普段は和菓子の方が多いですが……」


「和菓子ってあんまり食べたことないけど、美味しいの?」


「緑茶や抹茶にはとても合うのですよ」


「そうなんだぁ……」


 そんなことを話しながら、咲耶と麗華が腕を組み合いつつ、会場をうろうろしていく。

 並んでいる食べ物を取り、分け合って食べながら感想を言い合っているその姿は、昔からの友人のようですらあった。

 俺?

 俺はその二人に無言でついていっているだけだ。

 口を挟むのもあれだし、かといって麗華には嫌われただろうし。

 じゃあ離れれば、という感じかもしれないが、咲耶に何かあったら美智に合わせる顔がないからな。

 許嫁としても、一緒にいる必要はあった。

 なのでこの微妙な位置だ……。


 しかしそれにしても女の子の……なんだ、コミュ力というのは半端じゃないなと深く思う。

 さっき知り合ったばかりでこれほどまでに仲良くなれるものかと。

 もちろん、咲耶の大幅な歩み寄りがそもそもあっただろうが、それでも麗華の方も最初、俺たちに対してしていたような高圧的なそぶりは全くなくなっていた。

 あれは良くない、ともう学んだということなのだろう。

 そうだとすれば、未来に景子化することもなくなるから、嬉しいのだが。

 まぁ、そもそも、初めての友達だと言っていたし、そういうのもあるだろうな。

 同年代の友人との接し方をそもそも知らなかったというのが。

 龍輝も近いところがあったが、高位の家の気術士の子供であればあるほど、その身に宿る真気の量は多い。

 そして、真気の量が極端に多い人間というのを、人間は本能で避けるのだ。

 大人になって真気のコントロールが十分に身につけば、そうならないように真気の圧力を押さえ込めるし、そもそも相手の方も理性で強大な力を持っている相手に対する恐れを無視して近づくことも出来るようになる。

 けれど、子供は違う。

 子供はただ怖い、となんとなく思って、そして近づかないのだ。

 だから、強力な真気を持った子供というのは孤立しがちだ。

 龍輝と咲耶には、俺がズケズケと行ったが、普通はそういう機会はあまりない。

 美智だって、小さな頃は友人がいなかった。

 だからこそ、俺に甘えがちなところが強かったというのもある。

 まぁ、彼女の場合、すぐに真気のコントロールを身につけてしまって、そこからは人間関係も改善していたのだが。

 

「……あっ、そうだ」


 そして、歩きながら麗華がはっとしたような顔で立ち止まる。

 咲耶が、


「どうかされましたか?」


 と尋ねると、急に麗華は振り返って、


「……さっきは悪かったわ!」


 と胸を張って宣言した。


「さっき……」


 俺は少しあっけにとられて反応が遅れが、麗華は言う。


「偉くないのに偉いと言ったことよ!」


「あぁ……いや」


 あの辺りは俺が大人げなさすぎたので、別にもういいのだが、麗華は続けた。


「私、よく分かってなかったから、泣いちゃったし……」


「いえ、俺も言い過ぎて……」


「いいの。偉くなるためには強くならないといけないって分かったから!」


「そ、そうですか……」


「それと……」


「はい……?」


「私は偉くないから、ふつうにしゃべって良いわよ! 私も武尊って呼ぶから!」


「ふつうに……あぁ」


 敬語無しでって事か。

 

「分かりました……いや、分かったよ。これでいいか?」


「うん。じゃあ、はい!」


 麗華がそう言って手を差し出してくる。


「これは……?」


「友達!」


「友達……」


「咲耶の友達なんでしょ? じゃあ私とも友達よ!」


 なるほど、単純な論理だ。

 単純なだけに……なんとも反論しがたい。

 いや、反論する必要はないのだが……。

 そんな俺の姿を見て、なぜか咲耶が少し微笑んでいた。

 珍しい姿を見せているのか、俺は……。

 よくよく考えてみると、前世からまともに友人関係など作れていなかったように思う。

 無能と見られていたし、その割に家の格が高い上、真気の量もかなりのものだったから。

 本来同格だったはずの三人は結局俺のことをなんとも思ってなかったみたいだし……もしかして、俺って前世、ぼっちだったのか?

 一応許嫁だっていたのだが……いや、許嫁は別に友達ではないか。

 となると、やっぱり俺は……。

 いや、これ以上考えるのはやめよう。

 今は龍輝と咲耶という友達がしっかりいるのだから。

 その上、麗華までそうなってくれるという。

 素直に掴んでいい手だろう。

 そこまで考えた俺は、麗華の手を掴み、


「……あぁ、分かった。よろしく。あとさっきは本当に悪かった。そんなに責めるつもりはなかったんだ」


「別に構わないわ! 友達になったんだもの!」


 ……意外に大物なのかも分からんな、こいつは。

 そう思って、俺はなんだか苦笑してしまった。

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