第76話 復讐心
しかし久しぶりに会ったが……やっぱり大分年をとったな、というのが重蔵の印象だ。
まぁ俺が知ってるのは奴が十代の時の顔だけなので当然のことだが。
今の年齢は六十六、七だったはずだ。
その割には若い、と言うのが客観的な評価になるだろう。
ぱっと見だと五十くらいにしか見えない。
気術士というのは真気を扱う関係で老化が一般人と比べてかなり遅く、さらに寿命も長いものだ。
やはり五十年も立った割に若い、と言うべきだろうな。
加えて、肉体の方は完全に現役のそれだった。
当時からして頑強な肉体を持ち、それをさらに真気でもって強化して剣術を駆使して戦うタイプの気術士だったが、今の重蔵の体は当時と比べても完成しているように見えた。
身長も相当に高く、背筋もピンと伸びていて、体幹がしっかりとしていることも分かる。
相当に腕を上げているな、と見ただけでも分かった。
体に流れている真気も練り上げられていて、隙の一つも見当たらない。
人間的には全く尊敬できない男であるが、それでもこの五十年、修行を怠らなかったことだけは尊敬できるかもしれないと思った。
ただ、それだけに意外なのは、その目だ。
片目を彼は失っていた。
当時はしっかりと両目があったが、今は右目に切り傷がついていて、瞑っている。
妖魔との戦いで失ったのだと思われるが……重蔵ほどの男をそこまで傷つける妖魔とは、かなり高位のものだろうな。
この傷では、実力にも影響が出るだろう。
まぁ、俺が心配することでもないが。
俺がそんなことを考えている中、重蔵と美智の会話は続く。
「今回は欠席するかもしれんと思っていたが、気が変わったのか?」
重蔵がそう尋ねると、美智は首を傾げて、
「なぜそう思われたのです?」
「あぁ……いや、俺が言えたことではないが、こいつが迷惑をかけているからな……」
意外にも重蔵は微妙な視線で、未だに頭を引っつかんでいる薙人を見て言う。
薙人の振る舞いは、重蔵から見ても良いものとは思えなかったようだ。
美智はそれに、
「子供のすることです。それに咲耶にはすでに許嫁がおりますから」
「そういえば薙人にもはっきりとものを言ったな、その子供は。こいつはこれでそこそこの才がある。普通の気術士の子供であれば寄りつくのも恐れるものだが……何者だ?」
確かに、薙人の持ってる真気はそれなりのものだ。
咲耶と比べると大したものではないし、龍輝と比べても一段落ちる。
その程度だが、一般的な気術士から見れば、確かに相当な量の真気ではある。
子供が持ち得るものではなく、流石は重蔵の……なんだ、多分、孫なのだろうな。
剣術の方もすでに教え込んでいるのだろう。
足さばきにその色が見えるが……まだまだだな。
まぁ年齢的に俺たちとほぼ同じくらいであるから当然ではあるが。
むしろこの年齢でそこそこ戦えそうなことが才能を示していると言える。
「この子はうちの家門の高森家の長男ですよ」
美智が答えると、重蔵は首を傾げて、
「……高森家? 聞いたことのない家門だが……いや、すまない」
と謝ってきたが、美智がすぐに、
「北御門一門でも下位の家になりますから、仕方がないことかと。私も東雲の一門の家、全てを覚えているかと言われると自信がないですからね」
と笑う。
「謙遜を。あんたはうちの家門どころか、全ての家門の家の詳細まで覚えているだろう。かつて北御門の才媛の名をほしいままにしていたあんたなら」
「昔の話です」
「いや、今でも対して変わらん……美しさもな。それに、俺は気術士のうち、誰と一番戦いたくないかと聞かれたら、あんただと答えるだろう」
「《東雲の極剣》の貴方がですか? それはそれは……。過分な評価、ありがたく存じます」
「相変わらず何を言っても柳のように流す人だな……まぁ、いい。また後で話そう。人材交流についていくつか話したいこともある。薙人についてはこっちで言い聞かせておくから気にしないでくれ。お嬢ちゃんにも悪いことをした……いくぞ、薙人」
そう言って薙人の頭を引っつかんだまま引きずっていく重蔵には、昔はなかった家族に対する愛情のようなものが感じられた。
やってることはブチ切れて孫を引きずっているので、ある意味で昔の奴らしさそのままとも言えるが。
あんな奴でも、しっかりと祖父をやってるんだな……。
「……手心を加えたくなりましたか?」
ふと、美智が俺の耳元でそう口にした。
丸くなったように見える重蔵を見て、復讐心に陰りが出たのではないか。
そう言いたかったのだろうが……俺は首を横に振って答える。
「いいや。むしろ楽しみになってきたくらいだ」
奴から全てを奪うことが。
ただ、どこまで範囲に含めるかについては、悩ましいところではあるな。
重蔵を殺すことは確定でも、薙人まで殺すかと言われると……。
まぁその辺はおいおい考えていけば良いだろう。
それもまた、楽しみだ。
俺はそう思った。
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