第74話 楽しみ

「……ご迷惑をおかけして申し訳ないです」


 車の中、そう謝ってきたのは咲耶だった。

 今日の彼女は紫を基調とした着物を纏い、どこか上品な雰囲気である。

 もちろん、その理由は明らかで、これから《気家親睦会》に向かうからに他ならない。

 俺の方は子供用のスーツで、正直自分でも笑ってしまうくらい似合っていないが……咲耶の許嫁として出席する以上、普段着というわけにもいかないだろう。

 

「いや、気にする必要はない。それに、俺も一度、他の家の気術士というのを見てみたかったしな」


 これについては嘘ではなく、本当に見てみたかった。

 別に四大家は、少なくとも表向きはいがみ合っているわけではなく、そのためその交流は盛んに行われている。

 ただし、一門に属していると言ってもただの子供に過ぎない俺がそれに参加できるかというと、ほぼそんな機会はないのが事実だ。

 他家の子供達と親交する前に、まずは一門の子供との仲を深めるべきだとされているからだ。

 実際、幼稚園にしたって、美智に良く聞いてみると、他の四大家の子供は他の幼稚園に通っているらしい。 

 竜生幼稚園に通っているのは、あくまでも北御門一門の子供と、それに与する家の子供達、ということのようだった。

 小学生になると他家の子供と一緒になるらしいが、そのような制度になっているのはやはり、一門の結束をまず高めるためなのだろう。

 加えて、一門の子供達同士ならたとえ何か失敗があっても大きな問題にはならないというのがある。

 四大家同士だと何かあれば大事になってしまう可能性があるからな。

 十分分別がつくまでは一緒にしない方がお互いのためだという判断もあるのだろう。


「武尊さまはどうして他の家の気術士にご興味が?」


 咲耶が尋ねてくる。

 これに正直に、復讐を遂行するため、標的の顔と能力くらいは知っておきたい、とか言うわけにはいかない。

 いずれは、咲耶と龍輝には俺の事情を話すことになるだろう。

 しかしそれは今ではない。

 だから俺は言う。


「やっぱり、北御門系の気術士とは得意な気術が違うって言うだろ? まぁ、親睦会で気術を見せてくれと言ったところで見せてもらえるかは分からないが……」


「うーん……確かにそれは難しいかもしれませんね」


 後部座席でそんな話をしている俺たちに、


「簡単なものなら皆、快く見せてくれると思うわ」


 そう言ったのは、美智だった。


「そうなのですか、美智様」


「ええ。親睦会の目的は、四大家同士の結束と強めることにもあるから、お互いの力をある程度理解しておくことも含まれているの。だから簡単な気術は割と見せ合ったりするわね。もちろん、大人は知っているから、主に子供達のために、だけれど」


「なるほど、それは楽しみです……そういうことみたいだぞ、咲耶」


「私も楽しみになってきました! おばあさま、私たちの気術もお見せして良いのですか?」


 咲耶の質問に、美智は少し悩んで、


「うーん、それはやめておいた方が良いわね。やっぱり子供同士だと、事故がおこるかもしれないからね……」


 とやんわりと止めたので、咲耶は、


「そうですか……それはちょっと残念ですが、承知しました……」


 そう言ったのだった。

 美智が止めたのは、もちろん言葉通り危険だから、というのもあるだろうが、それ以上に咲耶の実力が異常な域にあるからだろう。

 可能な限り、他家には見せたくないのだ。

 これは将来敵対することを見越してのことで、親睦会の目的とは全く正反対の思考になるが、こればかりは仕方がない。

 俺も、もちろん力を見せるつもりはないが……咲耶にご執心という奴がいるからな。

 最低限の行使くらいはありうるかもしれない。

 

「さぁ、そろそろつくわ。二人とも、粗相のないようにね。それぞれの一門から、それなりの数の人間が参加するからまごつくところもあるかもしれないけど……」


 四大家一門のトップ同士の親睦会になるので、付き添いの気術士まで含めると人の数は多いらしい。

 子供に関してはあくまでも四大家の子供と許嫁くらいしかいないらしいが。

 この親睦会をきっかけに生まれる新しい試みなどもたまにあるようで、交流するのは四大家トップと子供だけというわけではないようだ。

 まぁそれでも、主役は美智や咲耶たちになるのだろうが。


「分かりました」


「気をつけます」


 俺と咲耶がそれぞれそう言ったのを満足げに聞いた後、美智は開かれたドアから降りる。

 俺たちもその後に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る